アジュナシアさん作品紹介part3
今日はいよいよ、文芸サークルアジュナシアさんがお送りする「夢の中で僕は白いサルと種を蒔く(山査子さん)」の最終回だよ!
主人公がサイトウさんと行った”ライブ”から感じたことは何だったんだろう~。
どんなクライマックスになるのか、乞うご期待です。
☆ ☆ ☆
(夢の中3)
「どうだった。」
夢の中。いつもの水族館。僕は白いサルに話しかけられた。
「最高だったよ。」
胸に響く音、ファンの歓声、それから、サイトウさんの笑顔。
「久々に生きている感じがした。」
こんなにも充足感で満ち足りた一日を過ごせたのは、ここ何ヶ月間の中にはなかった。
「そうか。」
「色んな話をしたんだ。彼女も孤独だった。」
「孤独を全く感じないやつなんてそう多くは無いだろう。」
僕はベンチから立ち上がって、無意味にジーンズのポケットに手を突っ込んだ。すると中にはなぜか半分に折りたたんだ、スカーレットのライブのチケットが入っていた。夢なのに。
僕は帰り道のサイトウさんとの会話の一部始終をサルに打ち明けた。
*
「今日はありがとう。」
ぞろぞろと駅に向かって歩く集団の中に僕らはいた。
「いや、僕も楽しかったよ。」
「サインもらっていいの?」
「僕は『a day in our life』のCDがあればいいから。」
「ありがとう。」
信号が変わるのを待っていたら「カラオケに行かない?」とハタチくらいのお兄さんに声をかけられた。僕らが丁寧に断ると彼は、さっさと別の信号待ちの若い女性のグループに声をかけ始めた。やがて信号が青になった。
僕らは再び駅へと歩き出した。路上でかがみこんで吐いている大学生らしき人、店の前で何やら奇声を発しているサラリーマンのおじさんたち。一目を気にせず腕を組んで歩いているカップルは、僕らと同じ高校生だった。しかも男の方は煙草をくわえていた。夜の街は陽気だった。それは僕には新しい発見だった。
「明日、学校あるね。」
「そうだね。」
あと二時間で“今日”は終わる。どんなに願っても、時間はどの人間にも、動物にも平等に流れていくのだ。そうしてまた朝が来て、僕らは学校へ行かなければならない。
「…タカノさんって超能力者だったりして。」
サイトウさんが言った。
「なんで?」
「あまりにもピンポイントで私たちの核心に触れてきた感じがして?」
「…確かに。」
うまく言葉を続けることが出来ず、それからしばらく僕らは無言で歩いた。でもそれは決して苦痛ではなかった。
「今日は良かったな。」駅が正面に見えてくると、サイトウさんは言った。
「タカハシ君とスカーレットのライブに来られたし、それから、孤独について共感できたし。本当にありがとう。」
「こちらこそ。」
僕を必要としてくれてありがとう、そんな気持ちだった。
駅に着くと、サイトウさんはそこからバスに乗るため、僕らは別れた。別れ際、彼女は「一緒に頑張っていこうね。」と言ってくれた。たった一言。けれどその一言に救われる思いがした。
*
「その一言でちょっとだけ、明日、頑張れるかもしれないと思えたんだ。今までは次の日のことを考えるのは苦痛以外の何ものでもなかったのに。」
「そうか。」
「昨日、君が言っていた、僕をわかろうとしている人はサイトウさんだったんだね。それを君は知っていたんだね。」
サルは、耳を掻きながら、水槽の魚たちを見ていた。
「彼女はお前さんを必要としている。そして、彼女はお前さんに生きる展望を与えてくれるだろう。」
テレビの朝の占いはどうも信じられないけれど、サルの予言を僕は信じたくなった。なぜならそれは僕だけに向けられた、僕のためのお告げである気がしたからだ。
「誰だって孤独を抱えて生きているんだ。あとはいかにそれを自分らしく乗り切っていくか、だ。」
サルの言うとおり、僕だけではない、多くの人が孤独を抱えて生きている。抱え込んでいる孤独の種類や大きさはそれぞれ異なったとしても、僕らは常にまとわりついてくる孤独と向き合っていかなければならない。
「そろそろ、抜け出せる日は近いな。」サルは言った。
「何を?」
何かをサルが伝えようとしたその時、聞き覚えのあるアラーム音が館内に鳴り響き、水槽の水が激しくゆれ、僕は目を覚ました。サルが最後に言おうとしたことは何だったのだろう。ひょっとして大事なことを聞けずに終わってしまったのではないか―そんなちょっとした不安とともに朝を迎えた。
(現実3)
朝のホームルーム前、サイトウさんの方から「昨日はありがとう」というお礼と、「よかったら聴いてみて」と本当にスカーレットのアルバムを貸してくれた。プラスチックのCDケースの上には付箋で番号が書き出されていた。
「これは?」
「それは私のお気に入りの曲。」サイトウさんは照れくさそうに答えた。
聴きこめば聴き込むほど、僕はどうしてサイトウさんがスカーレットにはまったのか、その理由を理解したような気がした。なぜ自分が存在しているのか、ある時はその存在をうんと否定してみたり、またある時はくよくよしている自分に檄を飛ばしてみたり。苦しく辛いことも多いけれど、それでも「生きている理由とその証」を探している―そんなスカーレットの歌詞にサイトウさんは自分を重ねているのだ。
そうしてスカーレットの話題を中心に、僕らは次第に話すようになった。休み時間、必死で周囲の声を聞かないように努力する必要も無くなったし、昼休みになると周囲の皆がそうするように机をくっつけ合い、向かい合って二人で昼を食べるようになった。
ときどき、興味本位で僕とサイトウさんが付き合っているのかどうかを聞いてくるクラスメートがいた。どうやら僕らは”余りものコンビ”として付き合っているという噂が流れているらしい。
確かにクラスで孤立していた男女が向かい合って座っているという状況は旗から見れば有り得そうで有り得ない。どこかリアリティに欠けた、ちょっと屈折した関係だ。
サイトウさんがいつも女子の輪の外にいるのは知っていた。しかし、僕はあの日、サイトウさんにライブに誘われるまで、僕がクラスに馴染めずにいることとサイトウさんのそれを一緒に考えたことはなかった。それはいわばダイヤモンドと黒鉛の関係に等しかった。つまり、僕らは生まれてから今に至るまでの家庭環境や嗜好が違えば価値観だって異なる。それに、何より男と女というハッキリとした違いがある。いつも教室に一人でぼんやりしている男がやっぱり同じく教室に一人で大人しく座っている女と元を辿れば同じ孤独という問題を抱えていたなんて考えられなかったのだ。
けれど、今はサイトウさんがいるお陰で僕は笑う回数が増えた。単調で空虚で味気のない毎日が日を重ねるごとに鮮やかな色彩を帯びていくように、あるいは、何かの拍子に止まってしまった腕時計が再び時を刻み始めるように。今僕の世界には僕自身が生み出す音とは別の音が交わり、共鳴し、響き合っているのだ。
「二人って付き合ってんの?」と興味津々に尋ねてくるクラスメイトにはまぁ、ね。」と答えた。サイトウさんも「一緒にいると楽しいし。」と否定も肯定もしなかった。彼らが僕らの回答をどう解釈しても構わない、と僕は思った。僕らはお互いを必要としていた。逆に噂がクラス中に広まれば二人で一緒にいることも周知の事実になり、そのうち何にも思われなくなるだろう。それは僕らにとってまさに好都合だった。
(夢の中4)
驚いたことに、僕は学校の中庭にいた。ここ数週間ずっと水族館にいたのに急に場所が学校の中庭へ変わってしまったので信じられず、本当に夢を見ているのか疑った。しかし、庭の中央に立っている大きな桜の樹の下で、見覚えのあるサルが背中を丸めてせっせと地面を掘っていた。それでこれが夢であることを確認した。
「何をやっているの?」
僕はサルの向かいにしゃがみこんだ。
「種を蒔いている。お前も蒔け。」
サルは作業を中断して、泥のついた指で地面に置かれた種を指した。そこにはかなりの数の種が置かれていた。何の種かはわからなかったが、半月の形をしていた。小学生のころに植えたアサガオの種に似ていなくもなかった。
僕はサルがそうしているように手で土を掘り、まるで赤ん坊を扱うように優しく一つずつそっと穴の中に置き、土をかぶせた。
10分かあるいはもっと長かったかもしれないが、しばらく作業を黙々と続けた後で、「夢は無意識の王道だ。」とサルは夢の話をし始めた。
「夢は、人の心理状態と密接なつながりがあるんだ。」
「僕の心理状態と?」
「…夢を見ている間、その人の脳は活発に働いている。そして客観的な観点から現実に直面している出来事の続きを考えたり、自分の人生をシュミレーションしたりする。人は夢を見ることで生命のバランスを保っているんだ。そして現実に何かを抱えている時ほど、この夢の中で考えたことというのは重要になってくる。」
その時、微妙なサルの変化に気づいた。よく見ると、そこに姿はあるにもかかわらず、その輪郭はまるで光の粒子が集まって作り出している、幻影のようだった。僕は試しに手を伸ばして触れようとしたが、あのふさふさした動物特有の毛の感触はなく、ただ空を掴んだだけだった。サルは僕に構わずに話を続けた。
「では、その夢は何を暗示しているのか。夢の中で登場するものは自分の感情などが人格化する場合と、自分に向かって何らかのメッセージを発信しているという二通りの解釈がある。たとえば水族館というのは心理的に寂しい、とか誰かを必要としている状態を表している。」
「僕がタコのコーナーでいつも足を止めていたのも。」
「タコは無意識の不安を表すんだ。」
いつかの夢と同じことをサルは言った。僕は納得した。
「そこの残りの種を全て蒔くんだ。」
もう一度、サルは種を指差した。その時のサルはもうほとんど輪郭が薄れていた。やがてサルは消えてしまうに違いない。きっと今日僕をこの中庭へ導き、種蒔きをさせることでサルの役目は終わるのだ。だとすれば、この種を蒔くことにも何らかの意味があるのだろう。
「種蒔きは何の意味があるの?」
「種は潜在的なパワーとか、新しい可能性を表すんだ。さらに大掛かりな種蒔きは大きな転換期を示す。立場や世界観が大きく変わる。現にお前さんは変わりつつある。」
何を言わんとしているかわかっているだろう?サルの表情はそう言っているようだった。それからサルは左胸を叩く素振りを見せた。
「お前は孤独じゃない。もっと心を開け。」
それがサルの最後の言葉だった。サルは僕の視界から姿を消してしまった。目の前には種とサルの手によって途中まで掘り起こされた土が小さな山を成してあるだけだった。
独りで残りの種蒔きをこなすのはかなり骨の折れる作業だった。夢の中でどれほどの時間を費やしたのかはわからなかったが、屈みっぱなしの態勢が続いたので作業をし終えた時には腰が痛かった。しかし、僕はそれを何とかし終えることが出来た。
新しい可能性、か。どのような芽を出し、花を咲かせ、実をつけるのだろう。サルはそこまで教えてくれなかった。それは自分次第でどうにでも繋がっていくものなのだろう、と僕は勝手に解釈をした。
心の中が晴れ晴れとしていた。爪の間に土が挟まっているのも気にならなかった。泥のついた手で汗を拭いながら、気がつくと僕はスカーレットの曲を口ずさんでいた。
(現実4)
朝、目が覚めるとカーテンを開け、真っ先に部屋の姿見の前に立った。でも鏡に映る僕の姿は昨日の僕と特に大きな変化があるようには見えなかった。尺取虫になっていなければ、女の体になっていることもなかった。「今日も一日がやってきた。」と呟いてみると、ちゃんと自分の声だった。大きな転換というのは、つまり、僕の内部で起こりつつあることなのだ。
*
昼休み、雲ひとつないさわやかな青空が広がっていた。気温も穏やかだったので、僕とサイトウさんは中庭出てお昼を食べることにした。しかし、誰もが同じことを考えていたのだろう。中庭に行ってみるとすでに何組かのグループによってベンチは満席だった。
「どうしようか。」
僕が尋ねると、サイトウさんは少し待ってみようと言った。昼休みが終わるまでまだあと30分あった。僕は「いいよ。」と賛成した。たぶん一組くらいは席を空けてくれるだろう。その間、僕は彼女に夕べ見た夢の話をした。
「白いサルと昨日中庭で種を蒔く夢を見たんだ。」
「どの辺りに?」
「あの辺かな。」と僕は桜の樹の下を指差した。
冬に備え、葉がすべて散ってしまった裸の桜の樹。その真下には赤や黄、茶色といったカラフルな葉がまるで色鮮やかな絨毯を織り成すように散らばっていた。
「何の種を蒔いたの?」
「新しい可能性の種だよ。」
僕はひょっとしたら、とかすかな期待を寄せて辺りを確認してみた。かなり大規模に種蒔きをしたのだ。もし、それが夢でなくて現実の出来事だったら、まだその形跡が残っているはずだった。しかし、昨日の種を蒔いた時の様子を思い出してみると、まだ中庭は青々とした草木が生い茂っていたし、日差しも強かった。あれは夏か、少なくとも夏の一歩手前の季節だった。現実であるはずがない。所詮、水族館も、白いサルも可能性への種も僕の夢の中での話なのだ。
サイトウさんは僕の一歩前へと進み撫でるように優しく桜の樹に触れた。
「何色の花が咲くのかしらね。」
「何色だろう。」
それには色も形も、名前もない。誰も見たことがないし、希少価値の高い植物ばかりを集めた図鑑にも載っていない。育て方さえもわからない。しかし、それは無限の可能性を秘めている。種を蒔いた本人の想像もつかないような。
「花が咲いたら教えてね。それがどんな色や形をしていて、どんなにおいがするかとか。」
「きっと教えるよ。」
「あ、ベンチ空いたみたい。」
女子数人のグループが立ち去ったのを見て、サイトウさんはすかさずベンチの方へ駆け出した。本当に、そう遠くはない未来にいつかサイトウさんに花が咲いた日のことを話せるといいな、と思う。
≪完≫
いかがでしたか?
何かを変えるには、「心を開く」ことが大切なんだね!
明日、勇気ある一歩を踏み出してみようかな!