アジュナシア作品紹介 part1
3連休今日からの3日間は,文芸サークルアジュナシアさんの作品をお送りするよ~。
夜長なこの季節。是非読んでみてはいかがでしょうか!
携帯小説ならぬブログ小説だよ!
「夢の中で僕は白いサルと種を蒔く」
山査子
(夢の中1)
毎晩、夢の中で、僕は何故かいつも水族館にいる。そして、だいたいいつも夢の中盤で、僕が水族館の二階にある大きな回遊水槽でツマグロやアオウミガメの泳ぐのをベンチに腰掛けながら見ている時に、なぜか白い毛をしたサルが現れるのだ。
「どうしてサルが水族館に来るんだよ。」
ある日、僕は、サルに話しかけた。いつもはサルの方から話しかけてくるのを待つことが多かったので、僕からサルに話しかけるのは初めてだった。白いサルは僕をじっと見つめる。どうも、このサルに見つめられると、僕は視線が泳いでしまう。
「お前はなぜ水族館にいるのか、お前自身はその理由を知らないのか。」
「わからない。」
僕は首を横に振った。毎晩ここに来る理由。それはこれが夢だからだ。そこに特別な理由などないはずだった。
僕は正面の水槽へ視線を戻した。ツマグロはすいすいと悠長に水槽内を泳いでいた。尾鰭のつま先が黒いから「ツマグロ」。ずいぶん安直な名前をつけられたものだ。
「それは、お前は今誰かに慰めてもらいたいからさ。」
「慰めてもらいたい?」
誰に何について―それを聞こうとした時、掃除機で吸い取られる塵のように、サルはあっけなく消えてしまった。彼の後を追うことはせず、僕は阿呆みたいにその場にただ立ち尽くしていた。
(現実1)
どこかで人生の選択肢を間違えてしまったのだとしたら、それは間違いなく高校選びだろう。
先生が「お前ならもう2ランク上のK高校でも絶対に入る。」と太鼓判を押してくれたのを、「早起きしたくないから」と聞き入れず、家から自転車で10分もかからないA高校を受けた。
A高校は学区内では中の下、もしくは下の上の高校だった。全体的に不良ではないにせよ、不真面目な生徒が多い。遅刻常習犯のやつがクラスの3分の1くらいいる。
そのような集団の中で、僕は今まるで深海に潜む貝のようにひっそりと生きている。地味に、目立たないように。
そう、僕は入学してから半年以上経った今でもまともに友達がいないのだ。
いじめにあっているわけではないが、どうしてもクラスに馴染めないでいる。教室中に響く笑い声や、手をたたく音は、さも明るく楽しそうな雰囲気を演出している。箸が机から落ちた、それくらい些細なことにさえ過剰なくらい皆は笑う。耳をつんざかんばかりの甲高い笑い声を聞く度に、「こいつらは本当に面白くて笑っているのだろうか」と疑ってしまう自分がいる。
まるで、あれ、あれみたいだ。おもちゃの、笑い袋。
昔、親戚のおじさんが会社の忘年会でもらったそれを、まだ小学3年生だった僕にくれたのだ。その笑い袋にはいろんな種類があるらしい。僕の家にあったのは黄色くて袋の表面には学ランを着てサングラスをかけた、リーゼントの”いかにも”な兄ちゃんの絵がプリントされていた。ボタンを押せば、そいつは「アーヒャッヒャッヒャ」と爆笑した。僕は子供心にも、製作会社がどういう基準でそいつの笑い方を決めたのかを不思議に思った。何度聞いても、顔と声のミスマッチ。
いつでも、どんな場面でも同じ笑いをするそいつは、僕の夢にたびたび表れるようになった。正確に言えば、声だけが井戸の底ほど暗い場所に絶え間なく聞こえていたのだけど。夢とはいえ、目覚めてもそいつが僕の部屋にあるといつか襲われてしまうような気がして怖くなった。結局、僕はおじさんに申し訳ないとは思いながらも、そいつを捨ててしまった。
クラスの笑い声に時々鳥肌が立つのは、おもちゃにおそれおののいた、あの頃の感情とよく似ている。――怖い。
皆、笑顔をつくるのがどうしてこんなに上手いのだろう。笑い上戸なのか、TVスターを研究しつくしたのか。どちらにせよ、それは笑い袋のように無機的で、画一的で、そして虚無的だ。
(夢の中2)
水族館で、僕はいつもまずタコのコーナーで足を止める。水族館でタコは珍しくないし、特別にタコが好きなわけでもない。でもなぜか、僕以外に人の姿の見当たらない水族館で、僕はタコに魅了されている。
「おい、このタコ野郎。」
トントントンとガラスを叩くと、タコは面倒くさそうにこちらに目線を向ける。「邪魔するんじゃねぇ。」と言わんばかりに。
「不思議な体をしてるよな。お前。」
僕は今まで、タコをじっくり見たことがなかったが、見れば見るほど、その体の構造が不思議なものに思えてならない。頭の両側に眼があり、しかも頭のすぐ下から足が生えている。人間で考えたら気持ち悪い話だ。
「じゃあな。」
僕はタコに手を振った。言葉を理解する能力があるのか、たまたまなのか、タイミングよくすいすいと泳ぎ始めた。
一人でいる水族館、というのは実に不気味だ。飼育されている魚たちを見ながら、実は僕がこの水族館で飼育されているのではないかという気にさえなる。
手すりに捕まりながら、僕はゆっくり、階段をのぼる。タコを見て二階で奇妙なサルと会う。それがもう日課になっていた。
回遊水槽が見えてくる。今日もいつものベンチに先客が来ていた。
「サルは動物園だろ。」
挨拶の代わりに僕は言った。言いながら、サルの横に腰を下ろした。僕は夢を受け入れていた。不思議と悪い気はしなかった。夢だからだ。
「お前もじゃあ、動物園だな。」負けじとサルは言い返してきた。
「昔はサルだったんだから。」
サルは手のひらをじっと見つめながら言った。それ、いったい何千年前の話だよ。
「何を見ていた。」
「タコ。」
「タコ。」サルが呟いた。「不安の表れだな。」
ツマグロは小さな海の中をせわしなく泳ぎ続けていた。作られた、海。
もしも、ここが水族館という閉鎖的な空間ではなく、広大な海だったら、魚たちはもっと自由に堂々と泳ぐことができるだろうに。
「意味がわからない。」僕は言った。
「そうだろうな。」サルはその手で顎をさすりながら、何度も頷いた。「お前はお前が何故ここにいるのかその理由も知らなかったくらいだからな。」
そこで、僕は昨日のサルの言葉を思い出した。-誰かに慰めてもらいたいからさ-一体誰に?何を?どうして?夢の中で水族館にいる、ただそれだけのことがどうして僕の慰めてほしいと言う欲求に結びつくのか、僕にはよく理解が出来なかった。
「夢だからじゃないの?僕がここにいるのは。」
どうやら、それは全くの見当外れの回答だったようだ。サルは何かを言おうとしたが、途中で思いとどまったらしい。僕にいちいち説明するのは時間の無駄だと判断したのかもしれない。「まぁ、とにかく」とサルは無理やり話題を元に戻した。
「不安について思い当たる節はないか。」
「あるよ」僕は正直に答えた。「ありまくるよ。」
ハッキリした輪郭こそもたないが、不安は視界を遮る深くて濃い霧のように常に僕を取り巻いていた。ひょっとしたら不安を抱えて生きているのではなくて、僕の方が不安に抱えられて生きているんじゃないかという気さえする。
「言ってみろ。」
「不安に思っていることを?」
「そうだ。」
打ち明けたところで、何かが変わると言うのだろうか。ここでいくら心につっかえたままのもやを吐き出したところで、誤って地球に来てしまった場違いの宇宙人のような僕は常に周囲の状況にアンテナを張り巡らせながら、クラスという空間にいなければならない。そう、ただそこに存在しなければならないのだ。誰も僕を必要としていないにもかかわらず、だ。
「言っても無意味だよ。」と僕はサルに言った。サルは何も言わずにただ僕を見ていた。いや、もっと正確に言えば、僕の瞳のずっと、ずっと奥の何かを読み取ろうとしていた。それを誰が無意味と決めつけたのだ?実際サルは一言も声を発していない。黙って僕を見ていた。しかし、そんなサルの声が僕には聞こえた気がしたのだ。僕は観念した。多分、このサルは見通しているのだろう。何もかも、全てを。
「僕は学校が嫌いだ。」
そしてとうとう僕は打ち明けた。今までは誰にも言えなかった、重油みたいに黒く、どろどろした本音を。
「楽しさのかけらも感じない。クラスなんて消えてしまえばいいと思う。皆、一人になるのが怖くてびくびくしながら生きているんだ。皆は単独行動の多い僕を冷ややかな目で見ている。誰も僕をわかってくれない。でも、じゃあ本音を隠して付き合う友情に何の意味があるんだ?裏では陰口とか不満を言っておきながら表向きはさも仲がよさそうに見せたり。なんかそういうものを目の当たりにすると、僕はいつも教室中を暴れまわってぐちゃぐちゃのめちゃめちゃにしたくなる。」
心の中で積もっていた塵。口をあけたら待っていましたとばかりにでてきた。僕はすべてを吐き出したかったんだ。
ゆらゆらと揺れる波の影。魚たちは静かに泳いでいる。人工的に作られた水中の世界。その世界に白いサルと、僕がいる。まったく変な組み合わせだ。
「全てでは、ない。」
サルが言った。やつはサルのくせに良い声をしている。
「何が?」
「お前をわかろうとしているやつはいるし、そいつはお前を必要としている。」
「例えば?」
「まだ一度も話したことのない人。」
”一度も話したことのない人”をキーワードにふるいにかけたら、ふるいから零れ落ちる人物のほうが少ないに決まっている。話したことのない人だらけだ。
「いっぱいいるよ。そんなの。」
「明日、向こうから話しかけてくれるかもしれない。」
さらに、キーワードがしぼられた。しかし、今のところ思い当たる検索結果は0件。僕に話しかけてくれる人は、多分、そういない。どうせヒントを出すならもっとわかりやすいヒントにしてほしい。
「待ってみるよ。」
本当にそんな人が現れるとは微塵も思ってはいないけど。
【続く】