教育開発センターの辻先生からお薦めの本を紹介してもらったよ!
書名: 心は実験できるか-20世紀心理学実験物語-
著者: ローレン・スレイター(岩坂彰 訳)
出版社:紀伊國屋書店出版
多くの教科書や専門書では、有名な研究や理論が解説されています。例えば、心理学の教科書では、パブロフの犬実験、エビングハウスの記憶実験、ジンバルドーの監獄実験など、今日の心理学に大きな影響を与えた有名な実験が、必ずと言っていいほど紹介されています。
しかし、ほとんどの教科書や専門書では、研究成果が解説されているだけで、その研究が行われた背景について解説されることはありません。有名な研究や理論を提唱した人は、どのように育ち、どのようなことに興味があったのでしょうか。本書は、特に社会的に大きな影響を及ぼした10の心理学実験について、その実験者の背景や人間性の観点から記述した、大変珍しいノンフィクションといえるでしょう。
一例として、「ミルグラムの権威への服従実験」を簡単に紹介します。1961年、当時27歳だったミルグラムは、ナチスのホロコーストに対して疑問を抱きました。なぜナチスの士官は、上官の命令に従い何百万人も殺害したのでしょうか? 彼らは良心的なブレーキを持たない、特殊な(サディスティックな)人々だったのでしょうか?
そこで、ミルグラムは実験を行いました。善良な一般市民を実験協力者として、白衣を着た権威者の指示のもと、他者に電気ショックを与えなければならない場面を設定しました。当初、ミルグラムは、ほとんどの人は電気ショックを中断すると予想していました。しかし、実際は65%の人が、致命的なレベルまで電気ショックを与え続けたのです(実は、電気ショックはすべて演技によるものでした)。
この実験は、私たちがいかに権威に服従するかを示しています。なお、本書では、この実験を「心理学史上まれにみる壮大で恐ろしい作り事」と表現しています。
では、この実験を考案したミルグラムはどんな人物だったのでしょうか。残された手紙や妻の証言から、ミルグラム自身は極めて常識的でユーモアのある人物だったと推測されます。また、彼が導き出した実験結果が、彼自信の考え方を大きく変えてしまったことが、記録として残されています。ミルグラムの実験結果は興味深いものですが、その実験が社会や彼自身に及ぼした影響についても、大変興味深いものでした。
このように、教科書や専門書では数行でしか紹介されない研究や理論にも、その裏側には人間の興味や関心、喜びや苦悩が背景として存在しています。学生の皆さんは、今後、多くの研究や理論に触れることになるでしょう。その際、ただ内容を暗記するだけではなく、その人物や背景にも注目することによって、研究や理論に豊かな彩りが見えてくるものと思います。