- <担当授業>学部:国際マクロ経済学、国際金融と世界経済、現代ファイナンス理論、金融論
- 大学院:国際金融、マクロ経済学
廣瀬健一教授
Hirose Ken-Ichi
研究者として目指すのは“To the next, to the 一番上”
私は、International Macro-Finance(国際マクロ経済学&国際金融)の動学理論を研究していますが、研究者業界内では時間選好の専門家としても認知されているかと思われます。時間選好とは、現在と将来というような異時点間の消費に対する相対的な好みを示す概念で、時間選好率が大きいほど、現在の消費に対して将来の消費を大きく割り引いて評価して、現在の消費をより強く好む”impatient”(patient=「忍耐強い」の反対語)であることを意味します。
私は国際間における時間選好の違いが経常収支(その不均衡はしばしば政治問題化される)の決定要因の1つとして重要であるという立場から、時間選好率が貧富の程度に依存する内生的時間選好を導入したモデルを展開するようになりました。特に、富めるほど時間選好率が減少するという“decreasing marginal impatience”(逆に言えば、貧しいほどimpatientになる訳なので、感覚的にはもっともらしく、データ的にも比較的支持される傾向にある)を導入した動学マクロ分析に関する(極めてマニアックなトピックスですが)先駆的な研究成果を複数、査読付き論文として国際的な学術雑誌に掲載してきました。
金の卵を産むガチョウ(The goose and the golden egg)
私の研究自体は、経常収支の不均衡を通じて世界経済全体としての効率的な資源配分が実現されるというようなスタンスに基づく、極めて社会的視点からの分析ですが、時間選好の概念は日常生活全般の意思決定にも適用することができます。例えば、近頃流行りの行動経済学においても注目されている双曲割引と呼ばれる時間選好は、一般の方々にとっても身近な話として興味深いと思われます。
双曲割引の下では、「現在の自分」が立てた将来計画よりも「将来の自分」がimpatientになってしまうという矛盾(時間非整合性)が生じるのですが、この矛盾に気づかない「ナイーブ(単純)」な意思決定者だと、そのまま近視眼的な行動を取ることになるので、夏休みの宿題やダイエット等の嫌なことを先延ばしにするという類の日常的行動も説明できます。(理論研究としては、ナイーブではないsophisticated(賢明)な意思決定者であれば、「将来の自分」がimpatientになることも織り込んだ上で「現在の自分」が行動するという議論がメインになりますが)
タイムトラベル?パラレルワールド? わけがわからないよ…
私が動学分析に興味を持ったきっかけは、ファイナンス(金融)を「時間とリスクの経済学」として捉える見方におもしろさを感じたことかもしれません。例えば、現在に資金を借りて将来に返済するという貸借取引は、金融証券を媒介として現在の消費と将来の消費を交換する「タイムトラベル」的な経済取引(異時点間取引)として捉えることができます。また、リスクに備えて予め保険料を支払い、被害にあった場合は損失を補填する保険金を受け取る保険契約は(被害にあわなかった場合は保険料を支払うだけで終わるので)、リスク管理を目的として被害にあわない“good state”の消費と被害にあう“bad state”の消費を交換する「パラレルワールド」間の経済取引(異状態[state]間取引)として解釈できます。
経済学の根本的な理屈は、異なる種類の財を交換することによって、互いに利益を得て、効率的な資源配分に寄与するというものですが、「異なる種類」の財という次元の議論を「異なる時点」や「異なる状態」も含めた次元の議論にまで拡張すれば、金融取引の本質的なメリットを全く同様に説明することができます。
騙されるな!「必ず儲かる」なんて絶対にありえない!その理由は?
経済学では、同じものが異なる価格で売買されていた場合に、安い価格で買って高い価格で売り(損失リスクを負うことなく)「確実に利益を得る」行為を「裁定」と言いますが、もしそのような裁定機会が存在すれば、市場参加者全員が裁定目的で同じ売買行動をとろうとするので、需要と供給が均衡しません。したがって、市場の需給均衡が成立するためには、裁定機会が存在しない価格(すなわち同じ価格)に決まる必要があります。
このルールは「(無)裁定条件」と呼ばれ、ファイナンスにおける資産価格理論の根幹にもなっており、収益の変動リスクが全く同一パターンであれば、金融資産の収益率に一切差異は生じません。通常、株式のような将来に得られる収益の変動リスクが大きい(ハイリスク)資産は、国債のような収益の変動リスクが(ほぼ)無い資産に比べて、「平均的に見れば」高い収益率(ハイリターン)が得られますが、この割増はリスクを受け入れるための見返り(リスク・プレミアム)に他なりません。平均収益とリスクのトレード・オフに対する態度を示すリスク選好は(上述の表現を用いれば)「パラレルワールド」間(異状態間)の消費に対する好みを反映しています。
あるなしクイズ「サイエンス」
経済学は分析対象的にはもちろん社会科学に該当しますが、(理論分析だと)現実の経済を数学的なモデルとして抽象化して分析したり、(実証分析だと)実際の経済データを統計学的手法に基づいて分析したりというような、分析手法的には自然科学と同等に、第三者でも検証可能な極めて客観的な形で一般的普遍性を有する真理を追究する態勢が確立しているからこそ、経済学を「サイエンス」たらしめています。
特に文系学生の多くは、ケーススタディのように具体的事例を扱った方がわかりやすいと感じるようですが、それだけで考察を終えてしまうと、もしかすると都合の良い事例のみをピックアップして、実は根拠の無い単なる自論をいかにももっともらしく述べているに過ぎないのではないかという疑いを払拭できていないかもしれません。当然のことながら、疑念が拭える客観的証拠を示せずに「…はありま~す」と言っても「サイエンス」として認められません。「サイエンスである」経済学を学ぶ意義には、実社会に蔓延する「サイエンスでない」お話に騙されない判断能力を身につける訓練という側面もあるのかもしれません。
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