2022.11.02
令和4年度第4回講義:小川 耕平さん(H26卒)「弁護士への道」
講義概要(11月2日)
○講師:小川 耕平氏(平成26年商学部企業法学科卒/諏訪・高橋法律事務所 弁護士)
○題目:「弁護士への道」
○内容:
語学をしっかり学ぼうと、私は横浜から小樽商大に進学した。そこでスキーと出会い、仲間たちと熱中したことも素晴らしい経験であり、財産となった。就活の中で自分の適性を見定めて、私は法科大学院に進んで弁護士をめざすことにした。講義では、弁護士の仕事の中身を説明しながら、基本的人権や社会正義といった概念を根源的に考えることのきっかけを提供したい。また法曹界への進路を考える後輩たちへのヒントやエールとしたい。
弁護士という進路から見えること
小川 耕平氏(平成26年商学部企業法学科卒/諏訪・高橋法律事務所 弁護士)
「基本的人権」とは。「社会正義」とは
私は、横浜から小樽商大に進学しました。商大時代に最も熱中したのは基礎スキー部の活動です。卒業して北海道大学の法科大学院に進んで3年間学び、3回目の司法試験で合格しました。1年間の司法修習を経て、現在の事務所に弁護士として入所したのが、2020年の12月。もうすぐまる2年になります。
今日は、弁護士の仕事についてお話をして、合わせて、法律の成り立ちや意味といったことも考えていただきたいと思っています。
まずそもそも弁護士とは何か。弁護士法の第1条第1項にはこうあります。
「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、この使命に基づいて誠実に職務を行う者をいう」。
さて、では「基本的人権」とは何でしょう。皆さん改まって深く考えたことはないのではないでしょうか。
基本的人権にはまず、言論の自由、宗教の自由、職業選択の自由といった「自由権」があります。次に、教育を受ける権利、健康で文化的な最低限度の生活を受ける生存権といった「社会権」。そして、投票できる権利、立候補できる権利といった「参政権」があり、国家賠償請求権、刑事補償請求権といった「請求権」があります。さらには、法の下の平等を謳う「平等権」も重要です。
そして、その実現が使命とされている「社会正義」とは—。
これは、人が社会生活を送るうえで求められる正義、あるいは「基本的人権を国民の社会生活上で実現するための正義」、などと言われますが、でも何をもって基本的人権を実現するための正義なのか、これは私にも説明しきれません。そもそも正義という概念は各自が持つ相対的なものなので、一概には言えないのです。これを議論するとそれだけで今日の時間を費やしてしまうので、ここで留めておきます。
弁護士の活動の領域は、裁判上の法廷活動、裁判外の紛争予防活動、人権擁護活動、立法や制度の運用改善に関与する活動などにあり、さらには、企業や地方公共団体などの組織内での活動など、社会生活のあらゆる分野に広がっています。そのため弁護士とは、一般市民が巻き込まれる「紛争」について、法律の専門家として適切な予防方法や対処方法、解決策をアドバイスする「社会生活上の医師」とも呼ばれます。医者が患者を診て治療法を考えて処方箋を書くように、弁護士は、紛争という社会の病気を治療しているわけです。
弁護士の具体的な仕事について
弁護士の具体的な業務として、まず民事事件があります。離婚や相続、金銭の貸し借り、不動産の賃貸借や売買、交通事故、医療過誤などなど、日常生活の中で起こりうる争いごとに関与するものです。なぜ弁護士が必要かといえば、当事者だけで解決しようとすれば、弱い立場の人が不利益をこうむってしまうからです。
以前私の友人が、ススキノのぼったくりバーでひどい目にあったことがありました。後日談として聞いたので私は関わっていませんが、彼はとんでもない料金を請求されて、警察に電話したくても怖い人たちに囲まれていたのでそれもできません。泣く泣く支払ったのでした。この場合もし警察が来ても、警察は「民事不介入」ですから、暴力沙汰にもなっていない段階でできることはないでしょう。一方で弁護士が依頼されれば、なんとかあとで請求書を送ってもらうように話をつけて、その請求をもとに交渉に入ります。暴力バーが相手にするのは、その時点から弁護士になります。つまり壁になって彼を守りながら、その店と交渉するのです。
弁護士はこれらの民事事件について、法律相談や、依頼者と打ち合わせながら方針を決めて、相手方との示談交渉、あるいは訴訟や行政庁に対する不服申立てといった法律事務を行います。
そして刑事事件。
刑事事件は、罪を犯した疑いのある人の捜査や裁判に関する事件です。どんな人でも検察官が裁判所に訴えを起こす(起訴する)前は被疑者、起訴された後は被告人といいますから、報道ではこの呼び方に注意してみてください。
刑事事件において弁護士は、被疑者や被告人の身柄解放に向けた活動や、量刑を下げるための公判活動などをします。
三つ目に企業法務の分野があります。
民間企業の企業活動をめぐる仕事です。企業が「紛争」に巻き込まれる前に予防する予防法務や、企業にとって不利な契約を締結されないように契約書チェックをするアドバイザー業務などがあります。実際に紛争に巻き込まれた場合には、裁判などで、その紛争を解決する活動を行います。
通常は、民間企業と顧問契約を結んで、外部アドバイザーとして一定の距離を保ちながら法的アドバイスをします。でも企業内弁護士として、実際にその企業の法務部などに所属する弁護士もいます。
日本の法律事務所の世界では、五大法律事務所と呼ばれる超大手事務所があります。彼らの主な活動領域は、この企業法務の分野です。
五大法律事務所とは、(1)西村あさひ法律事務所 (2)アンダーソン・毛利・友常法律事務所 (3)長島・大野・常松法律事務所 (4)森・濱田松本法律事務所 (5)TMI総合法律事務所です。数年前までは四大、と呼ばれていましたが、TMI総合法律事務所が加わりました。これらの事務所には5百人以上の弁護士が所属して、休日出勤や深夜残業も当たり前のハードな環境で仕事をしています(さすがに近年は多少緩和されているようですが)。その分年収も十分で、トップクラスでは数千万円になります。五大法律事務所のひとつに勤める私の知り合いは、忙しすぎて彼女と別れた、と言っていました。
そのほか、会務活動があります。弁護士が立法や制度の運用改善(司法改革)に関与していくためにする活動です。例えばこの秋、日本の最低賃金が少し上がりましたが、これには日弁連(日本弁護士連合会)が強く声を上げてきたこともあずかっています。
そもそも弁護士として活動するためには、各地の弁護士会に入らなければ仕事ができません(弁護士法第47条第1項)。札幌弁護士会にはいま44の委員会があって、一人で2つの委員会の仕事をすることが決められています。例えば「人権擁護委員会」、「犯罪被害者支援委員会」、「死刑廃止実現委員会」、「子どもの権利委員会」、「住宅紛争に関する委員会」、「貧困問題等対策委員会」といった委員会が並びます。強い思い入れがあって熱心に取り組んでいる弁護士も少なくありません。
私は、とくに希望を出さなかったので、「住宅紛争に関する委員会」と、「貧困問題等対策委員会」に所属することになりました。若手がとくに雑用仕事をたっぷりさせられる委員会です(笑)。「住宅紛争に関する委員会」では、コロナ禍の影響でローンの支払いが滞ってしまった、などという人々の代理活動なども行っています。
ほか、後進育成活動があります。現在の私は関わっていませんが、弁護士などの法曹を目指す学生を対象に、司法試験の過去問を添削したり、これから法曹を目指す学生のために授業をするといった活動です。
弁護士の勤務形態
私はいま、札幌の諏訪・高橋法律事務所という法律事務所に所属しています。私のような立場の弁護士は、俗に居候弁護士、イソ弁、などと呼ばれます。イソ弁はボスの弁護士(ボス弁)の業務を補助する弁護士で、通常は弁護士1年目から3年間ほど、ボス弁の事件処理を手伝いながら仕事を学んで、固定給として報酬を得ます。
このほか多くの事務所では、イソ弁に個人で事件を請け負うことを認めています。事務所を通さずに個人で受ける(個人受任)仕事では、得た収入のうち一定の割合で、ボス弁や事務所に支払います。
ボス弁とは、経営弁護士と呼ばれる弁護士で、自ら法律事務所を開設して、営業活動や経理、人事採用といった事務作業から事件処理まで事務所経営のすべてを行います。営業力、事務処理能力など、マルチな能力が問われる弁護士です。一方で、中には司法修習を終えてその考試(二回試験と呼ばれます)をパスしてすぐに自分の事務所を設立する人もいます(これを即独と呼びます)。
私もキャリアを積んだのち、将来的にはボス弁をめざしています。
また軒先弁護士という形態もあります。
読んで字のごとく法律事務所という軒先を借りて事件処理をする弁護士で、イソ弁との違いは、ボス弁の事件処理を補助するか否か。この形態では、個人で受ける事件のみを扱います(事務所の弁護士として活動することもあります)。この場合も、個人で得た収入のうちから一定の割合を事務所に支払います。
さらにパートナー弁護士という形態があります。
弁護士が数十名程度在籍する大規模法律事務所で、事務所の所長以外で共同経営をしている弁護士のことです。各種受任案件の責任者であり、法律事務所の運営方針や採用活動などに関する決定権も持ちます。事務所の規模からいっても、札幌弁護士会ではパートナー弁護士の数は少ないと思います。
そしてアソシエイト弁護士。
事務所の共同経営者であるパートナー弁護士の業務を補助する勤務弁護士です。重要な決定・判断はパートナー弁護士やボス弁が担い、アンシエイト弁護士は、主に法令の調査や判例調査、特許の申請、契約書の作成およびレビュー、M&Aを行う際のデューデリジェンス(投資先の価値調査)などの仕事をします。
中小規模の法律事務所であれば、地域社会で発生する各種民事事件と刑事事件などがメインとなるでしょう。
それから企業内弁護士。彼らは民間企業に就職して、契約書のチェックなどを行います。
では私が毎日どんなことをしているのか、だいたいのところをお話しします。メインは、裁判に関する書面の起案で、もっぱらパソコンの前に座ってキーボードを叩いています。そのために、膨大な法令や判例を調べなければなりません。まだキャリアの浅い私にとって、調べるだけ時間がすぎていく、という日もあります。
それと、依頼人からの相談や、それに対するメールの返信、ほかの人からの法律相談、顧問相談。さらに刑事被疑者や被告人の接見をして、裁判の内外での活動も欠かせません。先にふれた委員会の活動もあります。
出退勤は自由なので、早く終えるときもありますが、忙しいときには夜10時をまわったり、土日祝日にも働きます。関わる顔ぶれも状況もさまざまな、つねに数十件の事案がまわっていますから、ストレス耐性がないと弁護士は務まりません。
でも、ただ忙しいだけでは当然心身が持ちませんから、私の場合は時間が空くと好きなソロキャンプやサウナを楽しみます。時間は比較的自分の裁量で使えますから、そうしてからっぽになる時間を作って鋭気を養います。ある先輩は、弁護士の心はケバブ(肉の塊を垂直のクシに刺して回転させて焼いていくアラブ料理)みたいなもので、仕事のたびにその肉をそぎ落とすことになるから、ときどき肉を補充しなければならないんだ、と言っていました。
物事と社会を深く考えてほしかった事前課題
ここで、皆さんが理解しやすい事案のはずだと思って事前課題として出した問題を考えてみましょう。
課題はこういうものでした。
「令和4年7月1日23時にススキノの交差点で刃物を持った男が通行人3人を刺して逃走。被害者Aは死亡、Bは重傷、Cは軽傷でした。翌朝被疑者(起訴される前ですから「被疑者」です)は逮捕され、その日の当番弁護士に接見要請が来て、あなた(弁護士)が会うことになります。被疑者は自分が刺した、と認めました。あなたは被疑者から詳しい話を聞くことになります。この事件を担当する弁護士の役割を考えてみましょう。また、被疑者は犯行を認めているのになぜ弁護士が必要なのかを検討してみましょう」。
まず、当番弁護士制度とは。これは近年できた制度です。逮捕直後の被疑者に警察からの不当な取り調べがないように、各地の弁護士会が独自に派遣しています。逮捕された直後に被疑者が警察の留置係の人に弁護士を呼んでほしいと言うと、弁護士会に連絡が入るようになっています。札幌弁護士会のHP見ると、その日の当番弁護士がわかるページがあります。
ここでなぜ弁護士が必要なのかを考えるには、最初の方にあげた弁護士の役割に立ち返ります。つまり「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、この使命に基づいて誠実に職務を行う者」、という一節です。
刑事弁護における基本的人権とは、まず黙秘権(憲法38条)や弁護人選任権(憲法37条2項)、接見交通権、身体活動の自由といった「自由権」が上げられます。さらに、適正手続きの保障(憲法31条)、裁判を受ける権利(憲法32条)なども当てはまるでしょう。これらを守ることが、刑事弁護人の役割です。
そして「社会正義を実現」することは、えん罪の防止を意味します。
メディア報道では、逮捕された人はほとんど犯人扱いされてしまいますが、それは間違っています。刑事弁護人の最も重要な役割は、えん罪を防ぐことです。世間の多くの人が有罪だとイメージで決めつけている中でも、無罪の可能性を追求します。
ではこの問題のように、被疑者が犯行を認めている場合はどうなのか。その場合でも、行き過ぎた刑罰が科されたり、違法な手続きがされないように、弁護人はあくまで被疑者の立場から中立公正な刑罰を科すように意見を述べて、不当な量刑を防ぎます。
そもそも逮捕された人は、身体拘束がどれくらい続くのかとか、法律のことをわかっていません。例えば警察は、身体拘束のときから48時間以内に被疑者を検察へ送致しなければなりません(刑訴法203条1項)。そして検察官は、送致を受けたときから24時間以内に拘留するか否かの決定をしなければなりません(同法205条1項)。さらにこの決定までは、身体拘束から72時間を超えてはいけません(同条2項)。拘留が決められた場合、検察官は、拘留請求をした日から10日以内に公訴するかの決定をしなければなりません。ただし10日間の延長が可能です(同法208条)。これらを超えて身体拘束をした場合は、被疑者を即時釈放しなければならないのです。こうした「適正手続き」が守られていない場合、弁護人はすぐ解放しなさい、という意見書を提出します。
ふつうの人は、いまのべた時間制限のことなど、知らないでしょう。ですから弁護士は、被疑者にまずこういうことを説明します。その上で、中立公正な量刑を科してもらうための番人として、被疑者のそばに居てあげるのです。
弁護士がいなかった場合、極端に言うと無期懲役などという判決につながる起訴も考えられますから、弁護士は国(検察庁・裁判所)を監視する役割を担っています。
えん罪を防ぎ、適正な手続きを保証しながら、さらに弁護士には、被疑者やその家族、友人などを安心させる重要な仕事があります。逮捕・拘束されてしまって、家族や会社に心配をかけた上に、この先どうなってしまうか見当もつかない。そんな不安に押しつぶされている人をこれまで何十人も見てきました。そんな人が警察で密室で取調べを受けると、やってないこともやったと言ってしまうのは、容易に想像できます。私は被疑者に状況を客観的に説明しながら、これからこういう流れで手続きが進みますよ、と説明しながら、家族や会社などへの事情説明も行います。いま○○署に留置されているので面会に来てください、などと伝言役にもなります。
ですから、この問題に対する解答の例としてはこうなります。
弁護士は、えん罪を防ぎ、違法な身体拘束をさせないといった適正手続きを保障して、本人やまわりを安心させるために、被疑者に寄り添う。
被疑者に有利な事情を考える
問題の2ではこのように問いました。
「弁護士は被疑者から詳しい事情を聞くことになりました。その際、もしこういう事情があったなら、被疑者に有利な判決が出るのではないか。そういう事情を考えて検討してみてください」。
これは私が皆さんに、とくに一所懸命悩みながら深く広く考えてほしいと思った問いです。自由な発想力を試したいと思ったのです。私が納得できる説明ができていればそれが正解です。つまり正解はひとつではありません。
解答には大きく二パターンあると思います。ひとつは、被疑者が無罪の場合。自分で刺したと言っているけれど、実は身代わりかもしれません。
ふたつめは、実際に犯人であった場合。
まず押さえておきます。
刑法上で逮捕・起訴される人とは(犯罪が成立することとは)、定められた構成要件に該当し、違法性を有し、かつ責任能力があること、となります。この3つが揃ってないと起訴されません。
私が考えた、量刑を下げる可能性のある事実関係は、こうなります。
・被害者A・B・Cが攻撃してきたので、刃物を奪い取って必死に攻撃した。あれは防衛行為だった(刑法36条1項の正当防衛。正当防衛が成立するときは、違法性が阻却されて犯罪は成立しません。これを違法性阻却事由といいます)。
これは被疑者が犯人ではあった、というパターンですね。
次に犯人ではまったくなかった、という可能性をもつパターンを考えます。
・事件当日、被疑者はススキノにはいなかった。そのアリバイを証明してくれる人がいる。
・凶器として使用された刃物の柄についた指紋が、被疑者のものとは異なる。
(目撃証言によると、このとき犯人は素手で包丁を持っていました。差し押さえられた刃物の柄から彼疑者の指紋が検出されたものの、刃先についた血痕のDNAが被害者らのものと異なりました)
・事件現場を撮影した防犯カメラ映像に映っている犯人の服装と当日の被疑者の服装が違っていました。そもそも性別が違う、とか。
これらの場合は無罪、もしくは身代わりだったということになります。
さて、被疑者が犯人ではあった場合。これが、弁護士が刑事弁護で取り組む大部分の事案になります。
・被害者A・B・Cからの攻撃に対する正当防衛ではあったが、素手で襲ってきた人に対してナイフを使った。これは武器対等の原則に照らして過剰防衛となり(刑法36条2項)、違法性が阻却されるのではありませんが、減刑の事由となり、量刑が下げられる可能性があります。そのほか、以下のことでも減刑の事由となります。
・お酒にひどく酔っていて、自分のふるまいがどういう結果をもたらすか(事理弁識能力)がわからず、あるいは行動制御能力が著しく低下した状態になっていた(心神耗弱)。
・共犯者がいて、あくまで被疑者は従属的立場にすぎなかった。
・自首した。
・被害者本人またはその遺族との示談、被害弁償を進めた。
・前科前歴がない。
・若者であること。または高齢であること。
・被疑者をこれから支えていくしっかりした人がいる。
若者と高齢者がでてきましたが、若者は可塑性があると見なされます。つまりこれから変わっていける希望や可能性が高い、ということです。なぜ罪を犯したのかを深掘りした上で、この若者なら立ち直れる、という判断が下されることがあります。高齢者の場合は、年齢からくる身体的、物理的に再犯可能性は低いだろう、と見なされます。
小樽商大で学んだこと
入学したとき、私は外交官になりたいと思っていました。織田裕二さん主演の「外交官 黒田康作」というテレビドラマの世界にずいぶん影響されたのです(笑)。そこで語学教育に定評のある商大に入りました。英語は一生懸命勉強しましたが、小樽に来て生まれて初めてスキーをしました。一瞬で魅せられて、そのときから私の大学生活の軸は基礎スキー部になってしまいました。1年生のとき、私の頭には法曹の世界はまったくありません。夢中でスキーに取り組んで、スキー検定1級を一発で取ることができました。
2年生で基礎スキー部の主将に選ばれました。夏冬それぞれの練習メニューを考え、練習日程の調整、全国大会の準備を行うほか、新入部員を獲得するための活動や、顧問の先生やコーチ、そのほか部とかかわりのある人たちとの交流が進みます。
主将として部活を管理しますから、マネジメント能力と、顧問の先生やコーチなど関係者と交流することでコミュニケーション能力が鍛えられたと思います。また、スキーにはお金がかかるので、アルバイトは欠かせません。ピザの配達アルバイトをしていたことで、運転能力も向上しました(笑)。
3年生になって、基礎スキー部主将の役割のほか、刑法のゼミも始まって、部活の外での友人が増えます。
そして就活です。
たくさんの企業説明会に行きましたが、なかなかピンとくるものがなく、途方にくれました。そのころバイトをしていた飲食チェーンのバイトリーダーにまったく理不尽に怒られることがつづき、イライラも募ります。結局外交官にしても宮仕えですから、自分は一般的な勤め人にはなれないだろうな、と思うようになりました。父が検察官をしていたこともあり、卒業したら法科大学院に進んで、何があっても自分ひとりで生きていける弁護士になろう。そう決めました。
4年生の5月ころから法科大学院入試の勉強をはじめて、その年の12月には北海道大学法科大学院への進学が決まります。ホッとして、部活に出たり卒論に集中しました。卒業旅行に、部活で熱い時間を共有した男友だちとラスベガスへの卒業旅行を楽しみました。
法科大学院に進学。司法試験合格まで
皆さんの中にも法科大学院を意識している人もいるかもしれませんので、説明しましょう。現在北海道で法科大学院は、北海道大学にあるだけです。法科大学院には、法律の専門教育を受けてきた人が対象の既修者コースと、それ以外の未修者コースがあります。私は未修者コースです。同期は22名、男女比は2:1くらいでした。授業は、主に司法試験で出る科目で、自習室の中で席を一つ与えられていたため、授業以外はそこで勉強という生活です。長期休暇では、ロー同期とゼミを組むなどして、試験対策を行いました。
2年に進級すると既修者コースの人たちとともに学ぶようになります。授業内容も、司法試験科目のほか、実際に法律相談を行うなど実践向けのものもあって、モチベーションが維持されました。授業のない日でも一日8時間くらい、土日祝日も休みなく勉強していました。
ラストの3年次では、自習室は毎日満員状態。授業は司法試験科目というよりも、その後の司法研修、実務向けの授業が主となります。放課後は、みんな自習室や図書館に残って試験勉強。一日10時間くらいです。毎週日曜日は、予備校の司法試験対策模試に参加しました。
そうして臨んだ平成30年度(2018)の司法試験。手応えはあったのですが、不合格でした。いっしょに頑張ってきた仲間は受かったので、よけいに激しいショックを受けました。とても立ち直れませんでした。そして次の年。そのショックから完全には回復していないような状態で、またダメでした。気持ちが持たないだろうと考えて、司法試験受験は3回までと決めていました。つまり次の年は背水の陣になります。はたして、そこで合格することができました。
令和元年度(2020)の合格者は、同期でいうと22人中、私を入れて3人。合格率13%でした。かつては苦節10年という人もいましたが、現在の制度では受験回数は5回に制限されています。
しかし司法試験に合格した人がすぐ法曹界に進めるわけではありません。司法試験合格は、司法研修所に入所できる資格を得ることができた、ということなのです。現行の司法試験は2006年から始まりましたが、最も受験者数が多かったのは2011年の8765人。最多合格数は2012年の2102人、最低合格率は2014年の22.58%で、今年は3367人の受験で1403人の合格。合格率45%です。しかしこれは研ぎ澄まされた精鋭たちが受験してこの数字ですから、受験者の半分近くが合格するんだ、と思うのは間違っているでしょう。
司法研修では、1年間にわたって法律実務を学びます。この間、給与や住宅手当もそれなりに出ます。メインは、9カ月にわたって各地の地方裁判所、地方検察庁、弁護士会(法律事務所)の実務現場で行われる分野別修習です。これを経て裁判官、検事、弁護士の中から、自分の進路を選びます。
修習地は1〜3群に分かれ、1群は人気の高い首都圏や札幌などの大都市で、抽選になります。北海道では3群に函館、旭川、釧路があります。3群では希望がかないますから、私は函館を選びました。
最後に埼玉県和光市にある司法研修所で全員が集まり、最後の試験、「二回試験」に向けた授業が続きます。
ちなみに法曹の中で私が弁護士になりたいと思ったのは、自分の裁量で幅広い世界と関わりながら仕事ができて、それなりの収入が得られるからです。これが例えば検察官志望だと、被害者を守る正義に殉じたいとか、裁判官の場合は、社会の中立性とか安定性を守りたい、という人が多いと思います。
二回試験では、「民事裁判」、「刑事裁判」、「検察」、「民事弁護」、「刑事弁護」の5科目が出題され、1科目につき7時間を、合計5日間行うハードなものです。1科目でも不可となれば、不合格です。9割以上は合格しますが、不合格となった場合、翌年の二回試験まで法曹になることができない上、不合格者というレッテルを貼られてしまいます。
司法修習を終えると、弁護土活動をすることはできます(即独)。しかし多くは、私のような居候弁護士となるため、司法修習中に弁護士事務所で面接を受けるなど就職活動を行い、内定をもらいます。
最後に皆さんに強調したいことを言います。
私は小樽商大から弁護士の道に進みました。珍しい例ではありますが、この大学の卒業生には、たくさんの社長のほかに、医者となった先輩もいます。皆さんにはいろんな可能性があるのです。いま思えば商大の自由な学風はとても魅力でした。現在のこの時間が、自分自身のために使える貴重な時間です。進みたい道について、やってみたいことをめぐって、じっくり考えてみてください。そのとき、自分の頭の中だけではなく、家族や友人や恋人など、いろんな人と話してみましょう。学生生活をおくる今この時間がとても大切です。皆さんの未来に、先輩として大いに期待しています。
<小川耕平さんへの質問>担当教員より
Q 弁護士の仕事をはじめたこの2年ほどのあいだで、特に印象に残っている事案など、守秘義務の範囲内でお話しいただけますか?
A ある少年事件で付添人をしました。転売目的で窃盗を犯した少年に寄り添って彼の権利を守っていく仕事です。世の中のことをまだよく知らない未成年ですから、当初はこの先自分がどうなるのか見当もつかず、ただ泣きじゃくっていました。とても話などできません。ひと月くらいほぼ毎日、彼が送られた家庭裁判所に通って、心を開いてくれるようにいろいろな話をしました。最終的には保護観察処分となって釈放され、いまは働いています。彼やご家族から、先生がいなかったらどうなっていたか、と深く感謝されました。素直な気持ちから出ている言葉で、とてもうれしかったですね。
Q 弁護士に向いている人とあまり向いていない人、適性はあるものでしょうか?
A まず、単に司法試験に合格するスキルがあっても、優秀な弁護士になれるかどうかは、別ですね。社会ではいろんな個性を持った弁護士がそれぞれの個性で仕事をしています。皆さんのイメージでは、依頼人に寄り添って深く共感しながら、やさしい心を持っている人が良い弁護士かもしれません。でもそうなると、私は弁護士にあまり向いていないことになります。
どういうことかと言うと、弁護士が取り組む仕事は、人の不幸や不安をめぐる、あるときにはドロドロの世界です。場合によっては相手を厳しく攻撃することも必要です。ですから共感力が強すぎる人は、メンタルが持たないと思います。依頼人にしっかりと寄り添いながらも、なおかつ客観的で適正な距離感が必要なのです。
大学での勉強もそうだと思いますが、弁護士が向き合うのは、誰が見ても客観的な解答がひとつある、という世界ではありません。ですから自分が納得できる正解により近づくために考え続けるタフな力が重要です。暗記で知識を積み重ねていけば良いのではなく、深い知識の断片からいろいろなことを紐づけていく力が大切なのです。そうした資質がある人は、法曹の世界に向いているかもしれません。
<小川耕平さんへの質問>学生より
Q 商大卒業後は法科大学院で学んで弁護士をめざすという決断をしたとき、ご家族の理解やサポートはどのようなものでしたか?
A 父の仕事は検察官でした。だから司法試験の難しさもたいへんさも十二分にわかっています。また、私には兄がふたりいるのですが、ふたりとも理系に進んでいたので、父としては私に文系、とりわけ法曹界の仕事に就いてほしかったようで、勉強で苦しんでいるときも励ましてくれました。司法試験に受かったとき、父は私に検察官になってほしかったのですが、自分には向いていないと思って、弁護士を選んだのです。
Q 仕事へのモチベーションのひとつはお金とおっしゃいましたが、ほかにもあるのではないでしょうか?
A そうですね。それはもちろんあります(笑)。先に述べた少年事件では、若者の人生を、より良い方向に軌道修正するお手伝いができました。また民事の分野でも、依頼人の不安やメンタルの不調を解消する仕事ができたときにはたいへん感謝されます。弁護士は依頼人の問題にほんとうに一から十までびっしり関わりますから、幅広くコツコツていねいに仕事を積み重ねていかなければなりません。その上でいただける実感のこもった感謝は、ほんとうにうれしいものです。
Q 司法試験に落ちて、メンタルが崩れてどうしようもなくなったとき、どういうきっかけや経緯で復活できたのでしょうか?
A 回復できたのは、時間のおかげ、としか言えません。心身が動かせない状態で、ひと月以上家に籠もって、猫といっしょにひたすら寝ていました。でも眠れません(笑)。目を閉じると、後悔や悔しさがフラッシュバックしてきます。友人たちがくれる激励のメールも、逆に、自分はそんなに彼らに気を使わせてしまっているのか、と辛くてたまりませんでした。でも時間が経つうちに、「そもそも自分は何をしたかったんだ?」、「おまえは何をしたいんだ?」、という原点に戻った自問ができるようになりました。そこまで戻って考えると、やがて、ここで立ち止まってはいられない、という気持ちが湧いてきたのです。
<小川耕平さんへの質問>担当教員より
Q この教室の学生は主に1、2年生ですが、企業法務に関心のある人もいますし、法曹界やその周辺に進みたいと思っている人もいるでしょう。今日は弁護士の仕事のリアルなお話が聞けて刺激を受けた学生も多いと思います。最後に後輩たちにメッセージをいただけますか?
A 法律を勉強するときに、ただ条文を覚えることに集中してほしくないと思います。そもそもすべての法律は、人を守るためにあります。ですからなぜこの法律があるのか、ということを深いところから考えてください。
また学生生活の中で、勉強でもそれ以外でも、なにか自分が熱中できることを見つけると、毎日がぐんと豊かになると思います。私の場合はそれはスキーでした。そしてその場合でも、熱中するそのことについて、ちゃんと根源から深く考えたり、取り組むことをおすすめします。