2022.01.26
令和3年度第13回講義:高橋 悠起さん(H24卒)「証券業の役割と、20代までに身に付けたい金融リテラシー」
講義概要(1月26日)
○講師:高橋 悠起氏(平成24年商学部社会情報学科卒/野村證券株式会社)
○題目:「証券業の役割と、20代までに身に付けたい金融リテラシー」
○内容:
野村證券に入って10年あまり。私はリテール営業の分野でキャリアを積んできた。今日の低迷する日本経済が抱える問題の一脈には、人々の金融リテラシーの低さがあるのではないだろうかー。営業の現場で日々感じ、考えているそんな危機感を入り口に、証券会社の役割とこれからの可能性を語りながら、長い人生に不可欠であるはずの金融リテラシーの重要さについて、後輩たちにヒントを提供したい。
証券会社から日本経済を俯瞰すれば
高橋 悠起氏(平成24年商学部社会情報学科卒/野村證券株式会社)
ゼミで覚醒した私の商大生活
2012年に卒業して野村證券に入り、10年がすぎました。今日は、「証券マンは日本と日本の経済をこういうふうに見ている」、という観点でお話をしたいと思います。なるほど証券会社はこういうものの見方をするんだ、と受け止めていただければ良いと思います。
商大時代、1、2年生のときの私は、¸まるでバイトが中心の生活でした。飲食店の厨房で働いていましたが、将来は自分で店を経営したいと思っていたのです。でも3年生が近づくと、せっかく小樽商大で学んでいるのに、このままでは大学との関わりが薄いな、と思うようになります。そして、当時全学で指折りにハードなゼミと言われていた、大津先生のゼミに飛び込みました。そこからの2年間は、商大生活を満喫することができたと思います。
2011年3月の東日本大震災は、野村證券の最終面接の前でした。それから続く混乱の中で会社から連絡も来なくなり不安が募りましたが、4月末にようやく電話が来て、最終面接を受けたことを覚えています。
野村證券に入って最初の配属は、小岩支店でのリテール営業(個人顧客への営業)。小岩は小松菜発祥の地といわれ、東京(江戸川区)なのに畑やビニールハウスが連なる風景もあり、驚きました。次は大阪に行って(天王寺支店)、企業のオーナーや経営者を担当。通天閣やあいりん地区(日雇労働者のまち)などもあり、ディープな大阪を経験しました。そして今は、都心の真ん中ともいえる渋谷支店で、企業経営者や上場企業の創業家などを担当しています。これまでのキャリアはすべてリテール営業です。
今日は皆さんに、資産運用をめぐる話をします。
お金持ちになりたい!と思っている人がいるでしょう。あるいは、やりたいことがあって、その道を進みたいのだけれど、どうやらお金になりそうもない、なんて考えている人がいるかもしれません。そういう人にとっても、ある程度の資産があれば生活がしっかり成り立ちます。ですから、資産運用の意味や意義について、皆さんに新たな気づきをもたらすことができれば良いと考えています。
貧しくなっていく日本人
世界の大金持ちの話をしましょう。
アメリカの経済誌Forbesの2021年のランキングでは、世界一の長者は、資産20兆円と言われるジェフ・ベゾス。アマゾンの創業者ですね。2位は、テスラやスペースXを立ち上げたイーロン・マスクで、17兆円くらい。日本人の最高位は、29位にソフトバンクの孫正義さんがいて、約5兆2千億円。31位にユニクロの柳井正さんの、約5兆円。
さて彼らはどのようにしてこんな桁違いの金持ちになったのでしょうか。共通しているのは、みな創業者で、資産の大半は「自社株」である、ということです。
アマゾンの場合、ベゾスは両親から3千万円を出資してもらって起業しましたが、1997年5月に上場したときの時価総額は6億6千万ドル(約760億円・初値18ドル)でした。これが2021年には1兆6千億ドル(約184兆円)。実に2424倍になっています。ベゾスは離婚に際して元夫人に4兆円渡したそうですが、資産の9割以上はアマゾンの株式なのです。
でもアマゾンを創業しなくても、その株式を買いさえすれば、成長の恩恵は誰でも受け取ることができます。アマゾンが成長すれば、自分の資産も成長するわけです。
日本の平均給与はいま、先進国の中でどんどん順位を下げているという指摘を聞いたことがあると思います。日本人はまちがいなく貧しくなっています。
例えばiPhone一台を買うためにどれくらい働かなければならないのか—。日本では新モデルのたびに価格が上がって高級品になっていく印象がありますが、厚労省の「賃金構造基本統計調査」の数字から見ると、iPhone1台(13万円くらいのiPhone13)の価格はいま、日本の平均月収の6割くらいに及びます。これがアメリカだと、同種の調査の数字から、3割くらいです。中国に大きく抜かれたとはいえ、世界第3位の規模の経済を動かす日本が、1位のアメリカとなぜこんなに大きな差がついてしまっているのでしょうか。そこから日本経済の停滞(ヤバさ)が見えてきます。
本当にマズイ日本経済
世界の大企業の株式の時価総額(株価×発行済株式数)の推移を比較してみましょう。
日本経済の絶頂期といえる1989年(平成元)年のベストテンは、1位がNTT、2位日本興業銀行、3位住友銀行、4位富士銀行、5位第一勧業銀行、6位にIBM(米国)、などとなっています。世界全体のトップ10のうち実に7社が日本企業でした(その7社中5社が銀行)。2位と4位と5位の銀行はその後、現・みずほ銀行に統合されました。
それから16年経った2005年。1位は米国のゼネラル・エレクトリック。以下エクソンモービル、マイクロソフト、シティグループとアメリカ企業が続きます。日本企業は、9位にトヨタ自動車が入っただけでした。
そしてまた16年経った2021年。世界の時価総額1位の企業は米国のアップル。以下マイクロソフト、アルファベット(グーグル)と続き、4位にはサウジアラビアの国有石油会社サウジアラムコ。5位にアマゾン、6位にテスラ、7位がメタ(フェイスブック)と、誰でも知っているアメリカのIT企業などが入っています。ベストテンに日本企業はありません。かつて世界の2位と4位と5位の企業がひとつになったみずほ銀行も圏外で、トヨタ自動車が29位にようやく顔を見せます。日本2位のソニーは世界35位。世界の資産家ランキングでは日本一の孫正義さんが29位でしたが、いまの日本のトップは、世界に出ればだいたい30位くらいのポジションだということでしょう。
世界ランキングを席巻するアメリカの企業はみな、プラットフォーマー。インターネット上で利用者とサービス提供者を結びつける基盤であり、人々が何か行動を起こすときの入り口になっている会社です。彼らは、高い技術と革新的なビジネスモデルでそれまでの常識を果敢に打ち壊して、ビジネスに留まらず、人々に新たな文化を提示して来ました。今の日本ではとうていお目にかかれない企業群です。
米国の代表的な株価指数にS&P500があります。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などを中心としたアメリカの代表的な500銘柄を指数化したものですが、2000年から2021年までで、この値は3.5倍になりました。
同様の趣旨の日本版としては、時価総額の特に大きなリーディングカンパニー30社を集めて計算するCore30があります。俗に経団連銘柄と呼ばれるものですが、2000年からこの成長が完全に止まっています(小さな上下動は当然ありますが)。日本経済が停滞していることは、一目瞭然です。
一方で、東証にはsmallという株価指数もあります。これは、時価総額が小さめの企業群で、ここにスポットを当てると、アメリカのS&P500の成長率とそれほど見劣りはしていません。この中には、新たな技術と企業文化をもって着実に業績を伸ばしている企業も少なくないのです。
皆さんは就活のとき、自分が志望している企業が成長企業か、成長が止まってしまった企業なのか、そのあたりをしっかり見据えてください。
もうひとつ、日本経済には人口減という逆風が吹いています。
世の中に数ある統計予測の中でも、人口統計は最もシンプルで確実な統計です。日本の人口は1990年代末から2012年くらいまでがピークで(1億2千700万人台)、そこから減少がはじまり、2053年には1億人を割ると見られます。
興味深いことに、日本の「円」がいちばん強かったのは1995年(79円)と2011年(75円)。人口のピークと重なります。
人口が多いほど日本経済が強く円の価値が高まり、減り始めると購買力が落ちて円安になるのです。つまり輸入品は値上がりします。海外で作られているiPhoneが、新モデルのたびに値上がりしていくわけです。
低すぎる日本の金融リテラシー
証券会社でキャリアを積むにつれて痛感したのが、日本の金融リテラシーの低さです。「素人が株に手を出すのは無謀だ」。「祖父の代から、投資にだけは手を出すなと言われている」—。資産運用について、今日でもそんなイメージを持っている人が多くて、私は、自分たちの仕事がいかに社会に受け入れられていないのかということを実感してきました。でも逆に私には、こうした状況が少しずつ変わっていけば日本経済が活気づくはずだ、という確信があります。いうまでもなく資産運用は、本質的にギャンブルとは全く違うものです。
天才の代名詞のような物理学者アルベルト・アインシュタインは、本業以外にこんな言葉を残しています。
「複利は人類最大の発明である」。
元金が生んだ利子を元金に組み入れていくのが複利ですが、例えば毎月3万円を40年間5%の複利で積立てると、積立の合計1440万円が、4597万円になります。現在の日本の預金金利はほとんどないと同然の状態ですが、いずれにしてもこつこつと長期にわたって積み立てると、お金は大きく育ちます。また逆に、例えば100万円を金利7%で借りると、10年でこの借金は倍になってしまいます。
アメリカの小学校では、こうしたことを子どもたちにちゃんと教えています。彼らはお金を借りることと積み立てることの意味を、子供時代からちゃんと教わるのです。
3年ほど前に、日本人の老後をめぐるショッキングなニュースが話題になりました。長寿化によって会社を定年退職したあとの人生が伸びて、95歳まで生きるには夫婦で2千万円が必要になる、という報告書を金融庁が発表したのです。年金だけではおぼつかないので、資産をだいたい月に5万円くらい取り崩すことになる、という計算です。月5万円の赤字が30年間で2千万円になります。
退職金を2千万円もらえる人は上場企業でも少ないでしょう。さらに覚悟しなければならないのは、いまから20年後30年後には、受け取る年金額もずいぶん減ってしまうということです(厚労省の「年金財政検証」)。
一方で、日本で個人が保有する金融資産の総計はいま200兆円に迫っています。株高と円安の流れが、株式や投資信託の評価益をふくらませています。日本における金融資産額(預金・生命保険・株券などの有価証券・その他)は、1994年からの20年間で約2倍になっていました(日本銀行、総務省の統計)。持っている人はさらに豊かになっている。
さてアメリカはどうか、と見ると、1998年から2016年までの変化をお見せしますが(米国連邦準備制度理事会・FRBの統計)、この間に約8倍伸びています。日本の4倍です。内訳を見ると日本との違いが明らかなのは、株式や投資信託、退職金口座です。アメリカ人はこれらの運用益で資産を増やしているのです。
アメリカでは過去30年間にDC(Defined Contribution Plan・確定拠出年金)が拡大しました。確定拠出年金(DC)とは、加入者ごとに拠出された掛金を加入者自らが運用して、その結果に基づいて給付額が決定される年金制度です。企業が行うもの(職域DC)と、個人で行うものの2種類があります。
そしてアメリカにはIRA(individual retirement account)という個人退職積立金があり、1980年代に制度改正などがあってこの普及が進みました。近年は企業の確定拠出年金から資産を移す(ロールオーバー)ことで職域DCをしのぐ存在になっています。2021年の数字では、このIRAで40万人くらいが1億円以上の退職金を用意することができています。
生き方を幅広く考えるために、資産形成を考えましょう
株式投資や投資信託をめぐる皆さんのイメージはどのようなものでしょうか。
「親が損して嘆いているのを見ていた」、「投資ってギャンブルでしょ?!」、「証券会社に騙されたと親戚のおじさんが言っていた」、「投資だけはするなと親から言われている」—。
こんな感じでしょうか?
でも、日本の常識は世界の非常識です。
例えばアメリカのハーバード大学は、株式や投資ファンド、ヘッジファンド、不動産、コモディティ(商品)など、幅広いアセットアロケーション(資産配分)で基金の運用していて、平均年率9.5%くらいのリターンを得ています。
これに対して日本の公的年金の管理・運用を行っているGPIF(Government Pension Investment Fund・年金積立金管理運用独立行政法人)では、リスクを抑えながら国内債券、外国債券、国内株式、外国株式をそれぞれ四分の一くらいの割合で運用して、平均年率3.64%のリターンを得ています。
いずれにしても、資産形成には、成功できる確立された方法があるのです。
資産形成は、皆さんが在学中の今から始められます。
大原則を説明しましょう。それは、「長期」、「積立」、「分散」という三つの考え方です。
10年〜20年くらいの「長期」にわたって堅実な投資をすれば、損をすることはありません。そして、10年間毎月1万円ずつ金融商品に投資をした場合、投資の元本は12万円×10年で120万円になりますが、購入金額を一定に保つことで、価格が低いときには購入量(口数)が増加して、逆に価格が高いときには購入量(口数)は減ります。これは「ドル・コスト平均法」という方法ですが、この買い方だと全体の平均購入単価が押さえられるので、長期的な資産形成に有効です。
「分散」では、国のリスクや商品のリスクを分散させて組み合わせます(組み合わせのことをポートフォリオといいます)。投資の目的や姿勢によって、組み合わせはさまざまに考えられるでしょう。
日本には、NISA(ニーサ)と呼ばれる少額投資非課税制度があります。売却益と配当への税率を非課税とする制度で、その中で「つみたてNISA」では、年間40万円までの積立投資信託が20年間非課税になります。NISAの対象商品は、国内外の、いわば国からのお墨付きのファンドなどです。
このNISAに加えて、就職してからは企業型の確定拠出年金(DC)があります。さまざまな控除もあるこちらは、60歳まで引き出しができない「長期」の資産形成になります。これを行っている企業は、しっかりした企業といえるでしょう。
皆さんはまだ考えにくいことだと思いますが、就職したら、自分の60歳のときの資産をイメージしてみることをおすすめします。国民年金(基礎年金)をベースに、厚生年金があり、その上に企業の退職金や年金、そして企業型のNISAや個人型のNISAがあるようなイメージです。
私は皆さんに、若い時代から人生を見通しながら資産形成をちゃんと考えてほしいと思います。それは、ギャンブルのように一攫千金を狙うものとは全く違います。この先の長い人生、自分がしたいことにチャレンジしたり、なりたい自分になるためには、物理的にも精神的にも、経済的な基盤が重要です。その基盤をちゃんと長期的に、そして論理的に考えましょう、と呼びかけたいのです。いまの時代、資産形成がしっかりできれば、その先の不安もなく、好きな仕事を好きな場所や土地でできるのですから。
若いうちは株式が良いと思います。バイト代のほんの一部、月1千円でもいいから毎月積み立てて、株式に投資してみましょう。そして日本の企業より世界に目を向けてください。先ほど人口統計のことにふれましたが、2100年まで世界の人口は増え続けます。人口が増えれば消費が増えて経済がまわる、という単純な図式です。
証券会社が描く未来のメガトレンド
野村證券グループには、野村総合研究所という、シンクタンク・コンサルティングファーム・システムインテグレーター(情報サービス企業)があります(略称・NRI)。そこが毎年未来年表を発表しているのですが、今年(2022年)は、世界を変えていく4つのキーワードが掲げられています。
それは、AI(人工知能)、カーボンニュートラル、モビリティ(自動車・海運・空運)、6G(5Gの次の第6世代携帯電話)、です。ぜひHPを見てください(NRI未来年表 2022-2100)。
さてここであらためて、「証券会社って何?」という話をします。
金融には「直接金融」と「間接金融」がある、ということはご存知だと思います。直接金融では、お金の出し手がお金を使う人や使い道を選べます。証券取引が代表的なもので、資金は投資家から企業に移転されて、投資先のリスクは投資家が負います。
これに対して間接金融の代表例が銀行で、企業は、預金者から集めたお金を持つ銀行を通して、間接的に預金者からお金を借りることになります。銀行はあくまで仲介役ですから、思い切った決断はとれず、どうしても保守的になります。
ちなみに、東京大学の昨年の学部生就職先企業の第1位は、楽天グループでした。
楽天が1997年にECモールとして立ち上がろうとしたとき、銀行はこの会社にぜひ融資をしたい、と思ったでしょうか?
時代は日本のeコマースの黎明期で、インターネットの国内普及率は10%にも届いていません(現在は約83%)。ですから答えはもちろん「NO」で、楽天はベンチャーキャピタルファンド(VC)から資金を調達しました。VCとは、若い成長企業への出資を専門に扱います。現在では、大手企業もこの分野に参入しています。IT系では楽天やサイバーエージェント、マスコミではTBSやフジテレビ、通信ではドコモやKDDI、凸版印刷などもVCを営んでいます。
スタートアップに成功したベンチャーが、いよいよ上場する段階。そこからが私たち証券会社の出番です。
証券会社には、大きく分けてリテール部門とホールセール部門があります。私がいるリテール部門は、上場をめざしている企業のために個人の株主を集めます。ホールセール部門は、銀行や年金基金といった機関投資家を集めます。そしてリサーチや上場企業との連携なども図りながら、株式上場の実務を担います。証券会社の仕事の8割はこのホールセールにあるのですが、逆に皆さんの証券会社のイメージとしては、もっぱらリテール部門が中心にあるのではないでしょうか。
さらに、「リテール=株の取引」と思われていると思います。でもリテールを担当する私自身の仕事の中でも、株の売買は一部にすぎません。大枠でくくれば私の仕事は、「お客様の資産を次世代に残すビジネス」なのです。資産の最適な運用方法を提案したり、複雑な資産承継をお手伝いしたり、あるいは不動産の購入や売却をサポートします。
またお客様は個人だけに限らず、事業法人のM&A、いま言った株式上場・資金調達、さらには事業の成長や海外進出を支援する仕事もあります。株の取引にとどまらず、その周辺でニーズのある、コンサルティングなど非金融部門からいかに収益を上げるかが、近年の取り組みの中心です。会社自体、そして私自身が、大きな過渡期にあると感じています。
こうした流れをわかりやすく示すのが、証券会社から転職する人々の近年の進路です。証券会社から別のキャリアを選んだ人たちはこれまで、生命保険会社や、地方銀行、投資信託の運用会社などに転じていました。証券会社というひとつの共通項からそのまま導かれるような進路で、これは帰納法的転職といえるでしょう。
それに対して近年の野村證券からは、例えば小樽商大の先輩でもある塚原敏夫さんが道北の上川町で「上川大雪酒造」という酒蔵を起業したり、サラダボウルの専門店を入り口に食の世界に転じた武文智洋さん、証券と保険を取り扱う資産コンサルティング会社を立ち上げた堀江智生さん、あるいは人気youtuberとして稼いでいる宋世羅さんといった方々がいます。こちらは演繹法的な転職と呼べるかもしれません。
野村證券が求める人材についても、10年前はいわゆる体育会系の、明確な意志や使命感をもつ心身の強い人間に光が当たりがちでしたが、近年はもっと多様なキャラクターが求められています。
私は野村證券で10年キャリアを積んできて、仕事にやりがいと面白さを十分に感じてはいますが、社内でさらにもっと新しい分野にも挑戦してみたい。そんなことも感じている昨今です。資産運用では、目先の事象に一喜一憂せずに「長期」の視座が大事だと言いましたが、リテールの現場ではやはりお客様の一喜一憂と寄り添わなければなりません。おすすめした企業の株価が下がると私自身も辛くなります。その意味でリテール営業には、つねに「マーケットと生きる覚悟」が求められています。
それを少し敷衍すれば、今日私は、目先の損得を超えて自分らしく生きるためにも、「20代までに金融リテラシーをしっかり身に付けてほしい」と繰り返しました。証券マンが社会を俯瞰すれば、どんな人もつねに「マーケットとともに生きている」と見えるのです。皆さんも、今日からそのことを意識してみてください。
<高橋 悠起さんへの質問>担当教員より
Q 証券マンの1日はどのようなものでしょうか? 最近の高橋さんの仕事のようすを教えてください。
A まず朝5時45分から「モーニングサテライト」(テレビ東京)という経済ニュース番組があって、これを目覚まし代わりに見ながら、夜のうちに動いた海外マーケットの情勢をつかみます。出社するのは8時くらい(10年前は6時半に出社する社員もいましたが)。9時から15時までは日本のマーケットが開いていますから、この時間帯はできるだけお客様と向き合い、細かく連絡を取り合ったりします。マーケットが閉じてから、本格的な営業活動やそのほかの用事を片付けて、夕方17:30くらいには仕事を終えて家路につきます。たぶん皆さんが想像しているイメージとは違うのではないかと思います。最近の新人たちの中には、もっと厳しいと思っていたけれど、なんだか緩くて驚いた、と言う者もいるくらいです(笑)。そしてコロナ禍に見舞われた2020年以降、私たちの働き方はもとより企業文化自体も変わってきていると感じます。
Q 株式を買うと経済の勉強になると言われますが、高橋さんのお考えはいかがですか?
A 資産運用の鉄則は目先の事象に一喜一憂しないことで、その意味であまり情報に振り回されないことが重要なのですが、売り買いを頻繁にしなくても、株を買うと自ずと国際情勢や経済ニュースを見るようになりますね。それはやはり良いことだと思います。高齢の方の中には、社会との接点を深く広く持っていたいから、という理由で株式を運用している方もいます。
Q 一般に、若い時代には学びも仕事も遊びも、とにかくいろんな経験を積極的に積めと言われますが、時間やお金といった貴重なアセット(資産)をどう使ったら良いか、高橋さんからアドバイスがありますか?
A 社会人になってからの自分は、はじめは資産作りなどまったく考えず、「とにかくいろんな経験を」、の方に邁進していました(笑)。自分の時間やお金を自分と自分の未来のために目一杯使っていたわけです。一方で私の同期には、入社したときから堅実な資産運用を着々と進めて、今では億の単位の資産を持っている人もいます。彼から見れば私は「しくじった」タイプでしょうが、そのときしかできない経験や遊びをしたわけで、多少の後悔はありますが(笑)、納得した自分の考えで進むしかないのではないでしょうか。
Q 入社10年を経て、これからのキャリアをどのように構想していますか?
A 私はリテール営業でキャリアを積んできました。その手応えやさらなる可能性を感じながらも、もっとちがう分野でも仕事をしてみたい、自分にはほかの適性もあるのではないか、とも考えています。証券業の世界の中で、リテール営業はほんの一部の仕事ですから、会社には、ほかの経験やスキルをつける機会がほしい、という希望を出しています。私くらいのキャリアで転職する人もいますが、自分はまだ社内でいろんな経験を積みたい、と考えています。
また、進路を考える上で、さまざまな分野で活躍する緑丘会の先輩たちの存在は大きいと感じます。何かあれば相談に乗っていただけ、いろんなアドバイスがもらえます。皆さんも在学中から、ぜひ緑丘会のことは意識しておいてください。もちろん就活でも大きな力となるはずです。
<高橋 悠起さんへの質問>学生より
Q 学生時代から少しずつ無理のない資産運用を考えたいのですが、どういうスタートがおすすめでしょうか?
A それは良いですね。まずは、先ほどふれた「つみたてNISA」が良いと思います。毎月一定額を決まった日に買い付けていく投資信託で、月1千円くらいから始められます。二十歳以上なら、売却益と配当への税率が非課税になります。投資対象は、金融庁が定める一定の条件を満たした長期の積立・分散投資に適した世界の株式ですから、経済の勉強にもなるでしょう。ぜひネットで調べてみてください。
Q 今日の講義で証券会社のイメージがかなり変わりました。社会的にはまだ旧来のイメージにとらわれている人も多いと思うのですが、こうした状況はどのようにしたら変わっていくと思いますか?
A 証券会社だけで変えられるものではないでしょう。アメリカでは小学校から金融の資産や金融の基礎を学ぶと言いましたが、資産運用をめぐる文化の厚みを増やしていくことが重要だと思います。
Q 人口減もあり、日本経済はこのまま衰退の一途をたどるのでしょうか? どうすれば再び成長線を描けるでしょうか?
A 復活の可能性はもちろんあると思います。規模は小さいものの、成長率を世界から評価されている企業もある、と先ほど言いました。世界のマーケットから見ると、問題はやはり規模感です。日本の株式市場の規模は、動かしている経済に照らしてやはり小さい。新興国レベルの規模にとどまっています。これがもっと拡張されて欧米レベルになれば—、と思います。
Q 証券会社で働くやりがいはどんなところにありますか?
A 個人のお客様に加えて、事業法人と関わる仕事は、大きな成果がわかりやすく目に見えるのでやりがいを感じます。M&Aでは、証券会社だからできることがいろいろあります。とりわけ、未上場の企業の成長を助けることに魅力を感じています。こうしたことは、入社前にはわかっていませんでした。
株式市場の規模が日本では小さいということに繰り返し触れましたが、逆にいえばそれは伸びしろの大きな成長産業たり得るということ。日本では個人資産の16%くらいしか株式の世界に向けられていませんが、これがヨーロッパ並みになれば(同30%)、マーケットの規模が倍になります。そんな時代を見据えて仕事をすることは、日本経済の新たな進路を拓いていくことにもつながるやりがいを感じます。
Q 株式市場が広がらないのは日本の教育や社会文化にも遠因があるというお話でした。そこを改めていくためには、どうすれば良いのでしょうか?
A それは、皆さんのような世代が資産形成をちゃんと考えるようになるかどうかに掛かっていると思います。多くの上場企業はいま確定拠出年金を導入しています。企業が掛け金を拠出して、会社か従業員が運用する制度です。まずそこを入り口にすると良いでしょう。詳しいことは自分で調べてみてください。ともあれ皆さんには、若い時代から資産形成をするというマインドや問題意識をもってほしいと思います。そういう世代が増えてくれば、日本の株式市場は変わり、ひいては日本経済も変わっていくと思います。
Q 商大での学生生活で思い出深いことはどんなことですか?
A 1、2年生のときは、飲食店でのアルバイトが軸でした。そのときは将来飲食店を経営したいと思っていたので、調理場で一生懸命働きながら、20kgのじゃがいもの皮むきを何分でできるか、なんて自分で面白がって挑戦していたのです。このことをのちに野村證券での最終面接で、「学生時代に打ち込んだことは?」という問いへの答えにしたところ、見事に評価されました(笑)。
バイトばかりで大学への愛着がわかない時期がありました。部活をしていなければ、学園祭にも別に行かなくてもよいわけなので、これではダメだ、と思いました。そして強い気持ちを持って大津先生のゼミに入ったことは最初に話しましたね。3年になって、大学をフルに楽しもうと思ったのです。学園祭では、YOSAKOIサークルの女子を誘って、クレープの屋台を出したのも楽しかった思い出です。
Q 日本の証券会社は従来のビジネスモデルを変えつつあるのかな、と思いました。現在と近未来の証券会社の姿をどう描いていますか?
A 株式をめぐる仲介の手数料を得るというビジネスモデルが、いま変わってきています。従来までは取引量を最大化することが証券会社の利益に直結しましたが、でもそれはお客様の利益とは必ずしも一致していません。米国では10年くらい前にこの矛盾が問題となり、その流れは日本にも入りました。これからの証券会社は、お客様からの預かり資産の管理料を得る、というビジネスモデルに変わっていくでしょう。それに伴って企業文化自体が変わっていくと思います。また野村総合研究所に代表されるような、情報サービスという非金融分野での収益の拡大も進んでいます。
Q 資産運用のためには、企業のどのような情報を集めてどう活かしていけばよいのでしょうか?
A シンプルに言えば、興味を引かれた会社をよく知ることです。その企業の利益の構造を理解してください。例えば米国のアマゾン社は、はじめは書籍のEC事業から始まり、扱う商品が書籍以外に大きく広がりました。そして近年の収益の柱は、世界に分散された巨大なデータセンターを基盤にしたクラウドコンピューティングサービスで、これは毎年1.5倍くらいの成長を続けています。クライアントには、日本の銀行や大企業、自治体もあります。一般に成長企業とは、毎期10%くらいの売上増を続けている企業のことです(アメリカでは20%くらい)。
私の毎日の情報源には、例えばTwitterがあります。ソースを吟味すれば(多くは英語圏のもの)、大手メディアの報道よりもはるかに速く詳しく、経済の動きが見て取れます。
<高橋 悠起さんへの質問>担当教員より
Q 若い先輩から最後にメッセージをいただけますか?
A 成功者は初めからそのゴールをめざしているとは限らず、目の前のことに全力で取り組んだ結果を振り返った時点で、その足跡が成功に結びついている—。そんなことを大津ゼミで聞かされた記憶があります。私も、今までは目の前のことに取り組むことの連続でした。今の会社との縁も、バイト先の先輩から誘われて、野村證券のリクルーターと出会いました。その方はとても懐の深い方で、ゆくゆくは飲食店を経営したいと考えていた私に思いがけない気づきをもたらして、いまの仕事へと導いてくれました。
そのときどきで、いま自分は何をしているのか。これから何をしたいのか。大きく言えば、自分は何のために生きているのか—。簡単に答えが出そうにないそういうことをつねに意識して、このコロナ禍の毎日をおくってください。貴重な学生生活を、ただ漫然とすごすことがないように—。