2013.10.23
平成25年度第3回講義:「地方都市の歯科医院における経営戦略」(2013/10/23)
講義概要
・講 師:林 春美 氏/平成23年MBA卒
・現職等:医療法人社団林歯科医院 理事
・題 目:「地方都市の歯科医院における経営戦略」
・内 容:
林歯科医院は,平成元年に旭川市の住宅街で開業した歯科医院です。現在は常勤歯科医師5名,研修医2名の勤務する大型歯科医院となっていますが,今回は開業から25年を振り返り地方都市で求められる歯科医療を提供するためのプロセスについてお話ししたいと思います。
- 講師紹介
昭和34年北海道美唄市生まれ。昭和59年北海道大学歯学部卒業。小児歯科医。平成元年、旭川に夫の俊輔氏を院長とする林歯科医院開業。平成21年、2年後の医院移転を見越して小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻に入学。平成23年同専攻修了。経営管理修士(専門職)。旭川在住。
勉強する時間と友達が人生を豊かにしてくれる。
生涯かかりつけ医を目指す歯医者さん
平成元年、旭川市の住宅街に大学時代の同期である夫の俊輔さんと林歯科医院を開業した歯科医師の林春美さん。同医院では現在常勤歯科医5名、研修医2名を抱え、一般的な歯科診療に加えて小児歯科・矯正歯科・審美歯科・訪問診療を幅広くカバー。生涯通える“かかりつけ医”を目指す大型歯科として地域密着の診療を提供しています。今日までの道のりは決して平坦なものではなく、経営の難しさを知った林さんは平成21年に小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻(小樽商科大学ビジネススクール)に入学。「今後医院を大きく発展させるために移転の計画があり、経営のことを本格的に学びたくて通い始めました。そこで出会えたのは年齢も職業も、持っている課題も異なる多様な人たち。非常に勉強になりましたし、人生のうえでとても豊かな時間を持てたと思います」。仕事と勉学の両立を乗り越え、2年後に林さんは専攻修了と同時に経営管理修士の資格を習得。目標を達成した後もさらにその先へと進み続ける林歯科の現在・過去・未来とはーー。「地方都市の歯科医院における経営戦略」についてお話してくれました。
医療技術者であり経営者の自覚
「平成元年に夫と開業したときは1階が歯科で2階が住宅。治療する椅子が6台、スタッフは5人のいわゆる普通の歯医者さんの大きさ。夫が矯正歯科、私が小児歯科なので最初から2つの分野が連携してやっていくスタイルでした」。開業後は順風満帆。住宅街という立地もあり、徐々に評判が広がり客足が増え…といいことずくめのはずが、実際はそうではなかったと林さんは振り返ります。「私たちの考える医療とは基本的に“サービス業”であり、サービス業って実は大量生産ができないものなんです」。増える患者に対して人手不足やスタッフの成長が追いつかず急激に疲弊していく組織を前に、林さんたちは改めて「自分たちはどんな歯科医療をしたいのか、スタッフと共有したい経営理念は何か」、原点を見直します。医療技術者であると同時に組織の経営者でもあることを強く自覚させられた最初の壁でした。
《何をやらないか》も経営判断の一つ
経営理念を見直した林さんたちはその後《予防治療》という新たな柱を打ち立てて再出発。治療後のメンテナンス専用の診療スペースを作り、専属の歯科衛生士を配属します。「やりたいことを実現するための設備を作り、人を教育して配置する。言うほど簡単ではありませんが、決めた以上はちゃんとやり続ける。その結果、現在はメンテナンスに月200人くらいが来てくれるようになりました。ただし、患者さんにずっと来てもらうのはとても大変なことなので、患者さんを追いつめない、自分たちも心が折れない、コミュニケーション重視の予防治療を大切にしています」。時代に先駆けて訪問歯科を始めたのは1999年から。ここでも口腔ケアの専属チームを作り、通院が困難な患者の元を訪れるようになりました。翌2000年には介護保険制度が導入され、保険点数の加算法など訪問診療の位置づけが変わるなか、林歯科はあるとき訪問診療にこれ以上大幅な設備投資をしない現状維持を決断します。
「もちろん患者さんは従来どおりのサービスをご利用いただけますが、私たち以外にも訪問診療を受けられる社会的なソースが増えてきたことも判断材料の一つになりました。資本投下の軸足を新たな治療法や設備に移すことで私たちも前に進むことができる。何をやるか、ではなく、何をやらないかを決めることも重要でした」。2011年にインプラント中心の保険外診療専門施設「木の実デンタルクリニック」を院内に併設できたのも、こうした経営判断の積み重ねがあればこそ。林歯科のリアルな経営ヒストリーに学生たちも皆真剣に聞き入っていました。
OBSで問題を発見し解決する力を習得
2003年、一人娘の進路が医療以外の道に決まり、林さん夫妻は「この先歯科医院をどうするか」を考えます。出した結論は、家業から事業へ。自分たちの年齢とともに縮小して辞める、あるいは売却するなどの決断もありましたが、「それってつまらなくないですか?」と林さん。「子どもが巣立って成長するように歯科医院にも育ち続けてほしい」と次代につなぐ方針を固めました。同じころ、組織が大きくなり情報共有が滞るなどのほころびも見えてきました。スタッフとも話し合った林さんたちは理想の歯科医院を作るための足がかりとして移転を決意します。その移転準備の一環として林さんは小樽商科大学ビジネススクール(OBS)へ。歯科医師と学生を行き来する2年間に挑んだのです。「開業以来、会計士さんから経営データをもらってはいましたが、それを読む力が自分たちに不足していた。これから経営をどうドライブしていくかを考えるときの専門知識が欲しかったんです。OBSに通って本当によかった。私もスタッフも“自分で問題を発見し考えて解決する”システムを共有するうえでOBSで学んだことは大変役に立っています」。
前例のない歯科医院の形にチャレンジ
今後の目標は旭川の林歯科医院を中核にし、人口減少に伴い医療サービスの低下が危ぶまれる小さな市町村に小規模の歯科医院を衛星のように増やしていくこと。「まだ前例のないやり方ですが、これは私たちのチャレンジだと思っています」。講義後は経営や人材育成について質問が集中。「優秀な研修医を自分たちのところに引き止めるための工夫は?」という質問には「本人の意志を一番に尊重しますが、現状の歯科医院の数や低迷する経済状況を考えると歯科医院の開業はだんだん難しくなっていくと感じています。そうしたときに歯科医師として自分を高められるやりがいと収入をどこまで提供できるかが鍵。優秀な人材の定着は永遠の課題です」と語り、経営者の苦労をにじませました。学生へのメッセージは、「OBSの経験を含め、やはり学生時代にもっと勉強しておけばよかった。現役の皆さんにはこうして大学で勉強できる機会を大切にしてほしいと思います。それと胸襟開いて話し合える友達を作ることも大事。勉強や友達の存在が人生をきっと豊かなものにしてくれます」。ビジネススクールで培った専門知識を実際の歯科医院経営に活用する林さんの姿が、学生たちをおおいに刺激した回でした。