2019.10.23
平成31年/令和元年度第2回講義:「あるべきように」生きる—歴史に学ぶことの重要性
講義概要(10月23日)
○講師:齊藤 紀夫 氏(昭和41年商学部(管理科学)卒/三井物産株式会社・密教学修士)
○題目:「あるべきように」生きる—歴史に学ぶことの重要性
○内容:
キャンパスから日本海を望み、海外で働きたいと夢をふくらませた商大時代。念願かなってフランスやベルギー、イタリアなどで仕事をした私は、海外から日本を第三者的に見ることの重要性を体験した。そして定年後、69歳で真言密教というまったく異分野の勉強に挑戦した。「あるべきように」というわが師明恵上人の教えをベースに、現在の日本の成り立ちや重い課題を若い後輩たちと考えてみたい。
歴史を知れば、現在が深く見える
齊藤 紀夫氏(昭和41年商学部管理科学科卒/三井物産株式会社・密教学修士)
キャンパスから日本海を見て膨らませた、海外への夢
皆さんとはゆうに50歳以上歳が離れていますが、私は札幌に生まれ、父が運輸会社で海運の仕事をしていたので、港のある小樽や釧路などで子ども時代をおくりました。入学した小学校は、いまは廃校となった花園(小樽市)の緑小学校です。
商大に入学したのは1962(昭和37)年。1、2年生のときは部活に熱中しました。準硬式野球部です。今回久しぶりに母校に帰ってきて思ったのは、昔は校庭(いまの学生会館のあたり)から海が一望できたのに、いまは見えないんだな、ということ。あのころは果てしなく広がる海を眺めて、ようし絶対海外に出る仕事をするぞ、という気持ちになったものでした。
3年生になってようやく勉強の馬力もあがって、当時導入されてまもないコンピュータを使って卒論を書きました。皆さんには想像もできないでしょうが、CPUは天井まで届くような大きさで、記憶媒体は鑽孔テープという紙テープ。穴の有無で0と1の信号を記録するわけです。
外国に行くにはなんといっても語学が重要です。特にフランス語を一生懸命やりました。文法は、松尾正路先生、会話は、生粋のパリジェンヌだった大黒マチルド先生。商大は語学に力を入れてきた伝統がいまでも強くありますね。海外に出なくても、語学はとても大切です。でも、流ちょうに話せるようにならなければ、と力む必要はありません。海外では私たちは外国人なのですから、特にビジネスの現場ではゆっくりでも正確にコミュニケーションを取ることの方が重要です。流ちょうに速くしゃべると、向こうも速くしゃべってきますから、一般にはお勧めできません。
首尾良く三井物産に入社したのは、1966(昭和41)年でした。入るとまず経理部に所属されました。当初人事の方から、大学でコンピュータを学んだのだから電算機の部門はどうだ? と言われたのですが、最初はもっと広い間口から仕事を覚えたくて、経理を希望したのです。会社に本格的にパソコンが入ったのは50歳近くになってからで、そのとき、商大で身につけたコンピューターの知識が活きました。何につけても仕事というものは学生時代に身を着けたことの応用ですが、応用を可能にするにはしっかりした基礎知識が必要です。
会社に海外修業生という留学制度があって、この試験に受かって25歳のときにフランスに渡りました。学生時代からの夢がかなったのです。当時の社内の人気の留学先はフランスとドイツで、倍率は20倍くらいありました。
最初の1年は、グルノーブルの語学学校でフランス語を3か月間特訓します。学生はカンボジアやベトナム、ラオスといったアジアの旧仏領だった国からも来ていました。その後9か月間ボルドー大学で学んだ後、2年目はパリ店管下のアルジェリアで駐在員事務所での業務です。アルジェリアはイスラム教徒の国ですから、若い時期にイスラム教への理解を深めたことがのちの財産になりました。また、他の旧仏領アフリカ諸国にも何度か出張しました。20代のうちに、自分が生まれ育った国を外から相対化する目が持てたことは、価値あることでした。皆さんにも機会を捉えてぜひ、日本や日本人が海外からどのように見られているかを体験的に知ってほしいと思います。
70歳。高野山大学で真言密教を学ぶ
三井物産ではほぼ一貫して鉄鋼部門で鋼材を海外に輸出する仕事をしました。入社が日本の高度成長期ですから、とにかく忙しかった。新婚時代でさえ、朝出勤するとその日のうちにはまず帰れませんでした。いまならきっと離婚されているでしょう。子育ても妻に頼りっぱなしで、家庭よりも仕事を優先させたことで、いまになっても妻には頭があがりません(笑)。ただ、私ひとりがそんな働きぶりだったのではなく、社会全体がそうだったのです。仕事のやりがいと頑張った分の対価をもらえたから、堪えられたのでしょう。
私の時代の三井物産は、基本的に物流で利益をあげることがビジネスの軸でしたが、現在では利益の半分くらいは投資によるものです。例えば鉱山開発に投資してそこからリターンを得るのです(+商いも)。私は、数字やデータよりも「モノと人が深く具体的に関わる」かつてのビジネスモデルの方に愛着を持っています。
最近の話題では、CoCo壱番屋というカレーのチェーン店がありますが、これを三井物産があいだに入ってなんとカレーの本場インドに出店しました。インド法人のインド人スタッフが出張で来日したときに食べて、うまいからこれをインドでやってみたい、と企画をあげたのがはじまりでした。
商社の仕事は、知恵ひとつで何でもできます。砂漠に化学プラントを立ち上げるように、無から有を生むのです。仕事に追われ、辛くてやめたいと思ったこともありますが、そんなときは酒を飲んで寝てしまう。朝もう一度考えてみよう、と思ったものです。なにしろ転職など一般には考えられない時代でしたからね。「仕事に追いかけられるのではなく、仕事を追いかけろ!」。これが私が体験として身につけた流儀です。やさしい仕事と難しい仕事が同時にあったなら、難しい方から片づける。そうすると残業時間も減っていきました。
三井物産を定年扱いで退職したあと、私は50代の後半から60代の半ばまでを三井物産連合健康保険組合の常務理事として過ごしました。組合を2007年に退任してしばらくすると、やがて新しいことに取り組んでみたいと思うようになりました。毎日をありきたりの趣味に生きるような、世間によくあるリタイア後の生活はしたくなかったのです。そして高野山大学(和歌山県高野町)の大学院に社会人枠があることを知ると、俄然挑戦したくなりました。こうして私はまったく別の分野の猛勉強を始めました。年末年始も、好きな酒もほどほどに机にかじりついていたので、家族はとても驚きました。無事試験(論文審査と口頭試問)に通って、2014年から3年間大学院で学び、密教学修士学位を授与されました。
実家は真言宗で、子どものころから仏教の世界が身近にありました。商大時代の私は試験の成績に一喜一憂することはなかったのですが、今度はちがいました。何故か毎日学生時代の何倍も勉強しました(笑)。夕食が終わってからも必ず机に向かいました。そうして、3年目に修士論文を書き上げ、口頭試問も無事パスすることができました。僧侶などとして働きながら勉強を続ける人も少なくないので、7,8年かかる人もたくさんいます。
大学院で空海の真言密教を学びながら、心の持ちようが変わっていきました。ひと言で言うと、心の安定に努めること、例えば怒りの感情が湧いてもすぐ冷静に戻すようになったのです。同時に私のこころの中でほかの人、とりわけ弱い人のことを思いやる「利他」の精神が育まれていったと思います。学びや修行を通して、徳を得るために努力する。そして得たものを、自分以外の人のために活かす。これを「自利利他」と言いますが、仏教の根幹のひとつです。
人間だけではなく、「生きとし生けるものはみな平等であること」また「縁起(=依他起生・えたきしょう)」と言いますが、ひとは一人では生きてはいけない。世の中にあるすべてのものは相互に複雑に関係し合って存在しているのです。ですから人間の一方的な欲や利益のために自然を乱暴に破壊することは悪です。原発の事故などの影響はその典型で、私はリニア新幹線工事にも反対の意見です。今の新幹線で十分ではないでしょうか。
歴史を学ぶ。歴史に学ぶ
私は、世の中が戦いに乱れていた鎌倉時代の高僧、明恵上人の教えに強く惹かれます。それはわかりやすくいうと、「あるべきように生きる」ということ。「あるべきように」とはどういうことか—。試験勉強のように用意された答えはありません。ひとりひとりが深く自分に問わなければなりません。
例えば、学生は学生らしく、国会議員は国会議員らしく努めることです。
私は皆さんに、「あるべきように生きる」を考えてみるところから、国民と国家や、民主主義の問題を考えてほしいと思います。民主主義国家であるためには、国民ひとりひとりが十分な教養を身につけて自分の考えを持ち、それを発言したり、ほかの人と語り合うべきと考えます。これはおかしい、こっちの方が正しい。そう思ったら声をあげなければなりません。しかしいまのこの国には、そういうふうに政治を学んで実践していく機会があまりありません。
参考文献に記載の本を紹介します。
19世紀半ばに、英国の医者であるSamuel Smilesが書いた名著で、『自助論』という本です(訳書有)。ここでは、独立自尊、自分の人生は自分の手で作ること。国の政治の質を決めるのは国民の質にほかならず、質の高い国民が集まった国は政治も立派なものになる、といった論考がなされています。Samuel Smilesは、福澤諭吉と同時代の人で、当時『自助論』は日本でもよく読まれました。
いろいろな人が自分なりの考えを深くもっていられる社会とは、つまり多様性の豊かな社会です。白か黒か、敵か味方かを見定めて、自分と考えのちがう人間がいたら排除すれば良い。いまの日本にはそうした空気が満ちています。しかし本質は、白か黒かではなく、グレーの階調(仏教の言葉では「中道⦅ちゅうどう⦆」といいます)の問題なのです。私が暮らしたフランスやイタリアでは、人々は異論をぶつけられても必ず一度受けとめます。それから、でもね、と自分の考えを述べます。彼らは学校や家庭で、子どものときからそういう振る舞いを教えられます。同調圧力が強すぎる日本では、なかなかそうはいきません。でもそれでは、豊かな個性など育ちませんね。フランスでは、まわりに同調しているだけの人間は個性がないと低く評価されます。
民主主義とは、いろいろな立場の人たちがさまざまな意見を交わしながら時間をかけて練り上げていくものですから、日本の民主主義はまだ足腰が弱い。その理由は、欧米の人々は長い歴史の営みを経て、社会をまわしていく手法としてこれを自分たちの手で苦労しながら作り上げてきましたが、日本は戦後与えられたもので、この基盤の違いは大きいのでしょう。
もう一冊、『日本とドイツ、ふたつの「戦後」』(熊谷徹)という本をお勧めします。同じ敗戦国の日本とドイツ、それぞれの社会がどのように戦後と向き合ったのか、その大きな違いがよくわかります。戦後10年くらいからドイツは経済成長一辺倒を捨て、人としての倫理や国民の生活を重視し始めました。日本ではとにかく経済成長最優先にこだわり続けました。学校で実際の政治について学ぶ機会もわずかでした。今、両国の相違は顕著です。
昨日小樽に入り、私は奥沢墓地に行って、私たちの大先輩である小林多喜二の墓をお参りしました。花を添えお経を唱えた後、「多喜二さん、あなたが治安維持法により大変辛い目に会われた時代と、今また似てきましたよ。これ以上当時に戻らないように願いたいものです」と話しかけました。
現在の我が国をみると、人々の経済格差がどんどん広がり、政治は一部の人たちだけの手によって動かされている。選挙で選ばれた政権党といっても、国政選挙の投票率が50%を切る時代ですから、全国民のわずか4分の1が支持しているだけの政党が日本を危ない方向に動かしています。
人としてどう生きるべきかと問い続ける倫理観が欠如した社会では、何かことが起こっても誰も責任を取らない。幕末から明治・大正・昭和の歴史を正確に学べば、いまの日本の姿を正しくとらえられるでしょう。日本国憲法第99条には、国会議員や公務員は憲法を守る義務がある、と明記されています。このことからしても、いまの改憲論議のおかしさがわかる。憲法が変えられるのは、議員ではなく国民なのです。さらに危ないのが、緊急事態基本条項です。これだけは絶対に阻止しなければなりません。これができてしまうと、議会を通さずに内閣がしたいことをできるようになってしまう。すでに施行されてしまった共謀罪法(治安維持法の現代版)もしかりです。
こうしたことに底流しているのは、そもそも「主権は国民ひとりひとりにある」、という現憲法の基本的な原理がゆがめられていることです。私たちはこの危機に敏感にならなければなりません。日本を戦争へと駆動させた悪名高い治安維持法は、それが制定されたとき(1925年)には、一般の人はこれをそれほど危ない法律だとは考えていませんでした。でもその後当局による恣意的運用が拡大していき、8年後に小林多喜二がこの法律の名のもとに国家によって撲殺されたわけです。戦争のからくりを見抜き、信念を曲げず反対運動を展開したからです。
日々めまぐるしく流れ去っていく情報だけではなく、歴史を知り、歴史に学ばなければならないということとは、こういう事実を胸に刻んでおくことです。
窮屈さを増す「表現の自由」
皆さんに事前課題としてふたつの問いを出しました。
「日本ははたして民主主義の国であるか?」そして、
「日本に国家主権はあるか?」。
いま話してきたように、私には日本の民主義はとても寒々しいものに映ります。政治家に恣意的に命じられるままにウソや改竄を重ねるなど官僚の仕事の質が下がり、国会の審議もまったく不十分。投票率が5割に達しない選挙でも、候補者たちは核心の問題を争点からずらします。政治に無関心で思考停止に陥った人々には、民主主義についてぜひ再考して欲しいものです。
また、戦後の日本の歩みを俯瞰すればおのずと見えてくるように、そして例えば関東の重要な空域をいまだにアメリカが管理しているように、日本に国家が本来もつべき主権があるのかは、はなはだ疑問です。
私が出した課題を考えるために、皆さんはいろいろな事象やデータを調べたことでしょう。皆さんが自分で考えつづけてみてください。(根幹には「日米地位協定」の存在があります)
今年の夏、札幌駅前で安倍首相が演説しているときに離れた場所からヤジを飛ばした男性が、複数の警察官によってたちまち遠ざけられました。これに憤った若い女性が声を上げると、彼女も腕をつかまれて強引に引き離されました。私はそれを見ている周囲の人々の無関心ぶりがとても怖く感じました。理不尽なことに対してひとりひとりが声を上げない国に、民主主義はあるでしょうか。我々は決してロボットであってはならないはずです。
欧米のメディアから日本は報道統制がされている国ではないか、と指摘されています。日本の報道や差別的な事象(ヘイトスピーチや慰安婦問題、アイヌ問題など)に対して、国連の人権委員会などからたくさんの改善勧告が出されています。日本は、セクハラやパワハラを法的に禁止しない唯一の先進国だ、という指摘もあります。また、「あいちトリエンナーレ2019」では「表現の不自由展・その後」という企画の中止を求めて官邸が介入しました。そもそも日本では三権分立の仕組みが機能していないのではないか、という懸念の声にも根強いものがあります。米国と異なり、裁判所の判決が政府寄りになりがちなのも気がかりです。
憲法や国会を軽視する国
商大の名誉教授である荻野富士夫先生が昨年、『よみがえる戦時体制・治安体制の歴史と現在』(集英社新書)という本を書かれています。詳しく解説する時間はありませんが、「特定秘密保護法」、「安全保障法制」、「共謀罪」、「緊急事態条項」といったキーワードに代表される近年の日本の危うい舵取りは、現在の政権が憲法と国会を徹底して軽視していることから生まれています。皆さんはそのことに少しでも気づいてほしいと思います。
反対意見に耳を傾けて議論を重ねていくのではなく、黒か白かを断定的に決めつけて、反対する者は切り捨ててしまう。いまこんなことが行われている国が、はたして民主主義の国でしょうか。私の話は、現政権の批判が目的ではありません。価値の判断は皆さんひとりひとりが決めることですから。ただ、いま社会でどのようなことが起こっているのかについて、特に皆さんには、正確な知識と認識を持ってほしいとの強い気持ちから、本日説明しているわけです。
日本には、「貧困のトライアングル」と呼ばれる状況があります。まずいま言った、議論を省いて数の力で強引に政策を実現しようとする「政治の貧困」。そしてまた悲しむべきことに、「子どもの貧困」が進んでいます。全国で6人から7人にひとりの割合で、子どもが貧困状態にあると懸念されているのです。子どもの貧困=親の貧困です。所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合を貧困率といいますが、日本は先進国の中でも貧困率が高く、子育ての柱のひとつであるはずの教育への投資は、OECD34カ国中最下位です(トップのノルウェーはひとりあたり日本の3倍)。
そして3つめが、貧困を常態化させる「環境の貧困」。つまり働いても満足な収入が得られないワーキングプアの問題です。とりわけ女性のひとり親世帯の貧困が深刻ですし、年収100万円ほどでネットカフェで暮らす人々もいます。また大企業寄りの政策により、非正規労働を強いられる人々の割合が年々増加して、現在では約40%、女性に限れば70%に達します。それから、男女の社会的格差と賃金格差がある。国会議員の女性比率や女性医師の割合も、日本はOECDの最下位グループです。
これで日本は先進国なのでしょうか?
これらのことはもしかしたら知らない方がいいかも知れません。しかし皆さんには、自分の未来のために、こうした現状とその背景、そして問題の本質を考えつづけることが必要と考え、敢えて提示しました。
私たちは毎日、新聞やテレビ、ネットからの膨大な量の情報に接します。重要なのは、その真偽を自分で取捨選択することです。例えばメディアには東京パラ・オリンピックの話題がのぼらない日はありませんが、皆さん知っていますか?現在の日本は、東京電力が起こした原発事故(2011年3月・福島第1原発)により、今なお「原子力緊急事態宣言」が発令されている国なのです。避難先で苦しんでいる原発被災者の気持ちに思いをはせるとき、これを単に復興オリンピックと位置づけることだけでいいのでしょうか。
今年5月の改元にともなうメディアのはしゃぎぶりは、同調志向の強い人たちが一部のマスコミに簡単に踊らされる危うい現象に見えました。怖さすら感じました。また現在、2020年に海外からのツーリスト4000万人という目標を掲げた観光立国への政策が提言されていますが、京都などの人気観光地にツーリストが殺到して市民生活にも支障がでていることを考えると、現状でも十分な気がします。
皆さんは疑問に思うことが少ないでしょうが、本来は権力や行政に対して国民側からのチェック機能を担っていたメディアの力が、かつてに比べてあまりにも弱いと感じます。ときの政権にやすやすと操られてしまう記者クラブ制度の問題もあるでしょう。社会の表層を流れる情報やそれらがもたらす時代の雰囲気に飲み込まれないで、自分の軸をしっかり持ってください。
東京大学の今年の入学式に登壇した上野千鶴子さん(女性学・社会学者)のスピーチが話題になりました。上野さんは入学生に、この先どんな時代になっても生きていける知恵を身につけてほしいと述べ、大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身につけることだ、と語りかけました。こうした素晴らしい姿勢は、国連難民高等弁務官を務め先日亡くなられた緒方貞子さんの言葉や仕事ぶりからも感じられます。また、スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんや、パキスタン出身の人権運動家マララ・ユスフザイさんの行動も注目に値します。彼らのスピーチには感動しました。
それと、軍隊を廃止した中南米の国コスタリカのドキュメンタリー、「コスタリカの奇跡」という映画があります。機会があればぜひ観てください。軍事費を教育費・医療などに振り分け、今や中米屈指の福祉国家です。
Webでも読める10月中旬の日経ビジネスに、ファーストリテイリング社の創業者柳井正さんの、現在の日本に危機感を募らせるインタビューが載っています。IoTやAIが拓く世界の新たなビジネスに乗り遅れ、政治家と民主主義は劣化し、日米地位協定に代表されるようにいつまでもアメリカの強権のもとにある国の成り立ちなど、多くは私も賛同する内容でした。
最後に皆さんに言いたいのは、人間は弱いものだ、ということです。だから先が読めない難しい時代を生きる人間には、やはり何か心の拠り所が必要だと考えています。オーム真理教などに巻き込まれないためには、仏教やキリスト教、イスラム教など、長い歴史を経てなお人々をとらえ続けている宗教について一度学んでみることをおすすめしたいと思います。
<齊藤紀夫 さんへの質問>担当教員より
Q 海外から日本を見ることの重要性をお話しくださいました。もう少し掘り下げていただけますか?
A 例えばフランスではアジアと言えばまず中国のことで、日本のことはあまりニュースになりません。フランス人・ドイツ人などにとって日本は、自分たちとはちがうところを向いている国です。外国からは日本はこういうふうに見られている、ということを実感するには、やはり観光旅行では無理があります。その国に短期間でも実際に暮らしてみなければ分かりません。私は毎回必ず家族を連れて赴任しました。家族も苦労しましたが、いっしょに暮らすことで、さらによく見えてくる事柄がたくさんあるからです。
Q 今日お話いただいた問題群について、学生諸君はこう思っているかもしれません。「そうした状況を作ってきたのは上の世代ではないか。自分たちがそんな負の遺産を背負わなければならないことには不条理を感じる」、と。これに対してはどうお答えいただけますか?
A 企業の中でもそうした議論は起こりがちですね。先輩たちが誤ったせいでいま事業が立ちゆかなくなった、というように。しかしビジネスの世界でならよくわかるように、先輩たちが残してくれた過去の遺産(ブランド)で、現在も恩恵を受けている面も多く存在しています。ですから、現役社員はいつまでも先輩を批判することは通常はありません。とにかく自分たちの手で状況を打開し改善させなければならない。社会問題は企業の内部よりもはるかに複雑ですが、いずれにしてもこうあるべきだ、と仲間といっしょに考え、自分たちの手でなんとかしなければなりません。上の世代を批評することで終わっては、自分たちの未来は開かれないと考えます。
<齊藤紀夫 さんへの質問>学生より
Q ニュースをはじめ社会に流通している情報を鵜呑みにするな、というお話がありました。多角的で批評的なものの見方はどのようにすれば身につけられますか?
A ひとつのニュースにもいろんな見方や解説があります。私たちの世代にとって、報道や社会問題を考える軸は新聞にありました。いまはネットで、お金を使わなくても外国紙を含めていろんな新聞をある程度読むことができる(購読すればさらに深く広く)。自分が興味をもったテーマがあったら、いろんな新聞の記事を拾ってみましょう。何故か通常の紙面よりもネットの方が確信をついた良い記事がのっていたりもしますから。