*報告要旨は、各報告者が執筆したものをそのまま掲載した。執筆時期は2000年度内である。開催通知で指定された参考文献は、サイト管理人が付記した。
第1回(通算第38回) 6月14日 報告者:伊東
俊明(小樽商科大学助教授)
「証明責任を負わない当事者の陳述のあり方」
証明責任を負わない当事者の陳述、とりわけ、証明の必要性を生じさせる「否認」と「不知の陳述」のあり方について、ドイツ法における議論を参考にして、若干の考察を行った。また、わが国において暗黙の前提となっていた「客観的証明責任を負わない当事者は事案解明に不協力を決め込んでもよい」という考え方について、ドイツ法の歴史的・制度的背景を探り、わが国の「証明責任を負わない当事者の事案解明義務論」とドイツ法のそれとの前提の違いを指摘した。
(サイト管理人付記)参考文献:伊東俊明「不知の陳述の規制(一)、(二・完)」民商法雑誌117巻4=5号622頁、同巻6号841頁
第2回(通算第39回) 10月11日 報告者:田邊
宏康(小樽商科大学助教授)
「有価証券譲渡論に関する省察」
まず,証券会社が国際的保管振替機関の他の参加者からワラント証券の指図による占有移転を受けてワラントの共有持分を譲り受け,預り証と月次報告書の交付によるワラント証券の占有改定によって顧客にこれを譲渡したものと認めた最近の下級審判例を紹介した。わが民法は,この事案における証券会社のような直接占有者でない者が占有改定によって占有を移転しうることを必ずしも予定していないが,判旨は,実質を考慮して証券会社をワラント証券の直接占有者と同一視したものと解される。
次に,有価証券の譲渡における交付の意義について考察を加え,社債のように譲渡に関する特別の規定がない無記名債権については,意思表示のみによる譲渡を認めたうえで交付を譲渡の対抗要件と解してさしつかえないこと,また,指図債権である手形については,仮に意思表示のみによる譲渡を認める場合には,手形の現実の交付が対抗要件としての機能を事実上果たしうることを主張した。
最後に,有価証券の所有権について触れ,流通が予定された有価証券については,その法律関係の理解に所有権概念を持ち込む必要はないが,流通が予定されていない少額の観劇券などについては,その法律関係の理解に所有権概念を持ち込む必要があるのではないかと指摘した。
(サイト管理人付記)参考文献:金融商事判例1098号45頁
第3回(通算第40回) 10月25日 報告者:田中
康博(小樽商科大学教授)
「通行地役権の対抗と登記―最高裁1998年2月13日及び1998年12月18日判決をめぐって―」
報告は以下のとおりである。
T判決の紹介
U通行地役権の黙示的設定
98年の二つの判決は「通行地役権の黙示的設定」を前提とするものであるので、ここで、従前の下級審判決・学説(特に澤井教授・岡本教授の所説)と比較し、98年の二つの判決が地役権の黙示的設定を認めていることの妥当性を示した。
V未登記通行権の対抗
この問題は、2月判決に関する。2月判決の判示する承役地譲受人が民法177条に言う第三者に当たらないとする判断枠組について検討し、これは地役権についてのみ妥当するものであり、その他の物権については必ずしも妥当するものでないと論じた。
W地役権設定登記手続請求
2月判決・12月判決が未登記地役権者から承役地譲受人に対する登記請求を否定したのに対して、12月判決がこれを認めている。ここでは12月判決の正当性を論証した。
(なお、本報告は京都学園法学1999年2=3号155頁(2000年3月25日)以下に収録されている報告と同名の論説に基づくものである。)
第4回(通算第41回) 11月15日 報告者:橋本
孝夫(小樽商科大学大学院)
「地方公務員の労働条件決定システム─小樽市の実証的研究─」
地方公務員労働者の労働条件決定システムの法律的構成の、実証的なまた理論的な考察を目的とし、個別的事例として小樽市職員の場合を取り上げて、その具体的検討を踏まえた上で、地方公務員に一般的な法理論問題の考察に至る。地方公務員の労働条件決定システムにおいては、地公法24条6項の勤務条件条例主義が適用され、労基法2条1項の労使対等決定原則が適用されないが、実態としては地公法55条1項に定める職員組合の交渉が労働条件決定システムで主要な役割を果たしていることが示された。地方公務員の労働条件が、労使交渉で決定される場合と、詳細が法定される場合の理論的類型を示すと以下のようになると考察された。
T 私企業労働者は労使交渉決定で、公務員は勤務条件法定で、両者は相容れず截然と区別される型。
U 公務員の第一に労使交渉決定、第二に勤務条件法定、第三に両者の折衷の三区分の型。
V 勤務条件法定主義の枠内で、一部労使交渉決定が財政民主主義を根拠に容認される型。
W 憲法28条を根拠に労使交渉決定原則の枠内で、一部勤務条件法定主義があるとの型。
このような枠組から判例をT、U、Vの類型に分類し、実態を踏まえた解釈論の可能性として、Wの類型を提示した。
第5回(通算第42回) 11月29日 報告者:本久
洋一(小樽商科大学助教授)
「会社分割法制の創設と労働契約承継法の制定をめぐって」
本報告は、「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(平成12年法律第103号。2000年5月31日公布)について、その制定の経緯、規範内容を紹介、検討するものである。
最近の一連の企業再編支援立法の一環としての本法の性格、自己の労働契約移転についての労働者の拒否権の問題、会社分割法制における「営業」概念と本法上の「承継される営業に主として従事するもの」(法2条1項1号)との関係、法3条の効果等が、本報告の主たる論点である。
議論は、民法625条1項の意義を中心に、包括承継の制度間比較、さらには債権譲渡の沿革上の意義にまで及び、非常に活発であった。
(サイト管理人付記)参考文献:本久・労働法律旬報1478号 、荒木・ジュリスト1182号
報告者1:荒内 亮(小樽商科大学大学院)
「境界確定訴訟について」
隣接する土地の境界が紛争となった場合に、現在、判例・学説において裁判所が当事者の主張に拘束されずに、必ず境界線を確定する境界確定訴訟というものが認められている。この訴訟において確定される「境界」は、登記された一筆の土地と土地の「境界」(筆界、地番界、公法上の境界などと呼ばれている)とされ、両土地の所有者の所有権の及ぶ範囲を画する「境界」は確定されないとされているが、当事者の関心は、自己の所有権の及ぶ範囲にあるという認識に立ち、そもそも判例・通説が、確定対象を公法上の境界とすることには、この訴訟自体の沿革や現在の存在意義からみて理由がなく、所有権の範囲を画する境界を確定対象とする境界確定訴訟が、認められるべきであると主張した。
(サイト管理人付記)参考文献:
高橋宏志「訴えについて(二・完)法学教室No.188(1996.5)、林伸太郎「境界確定訴訟の特質」ジュリスト増刊民事訴訟法の争点(第3版)
報告者2:宇 芳(小樽商科大学大学院)
「中日医療制度の比較」
日本の医療保険制度は今国際的に見ても高い水準であり、世界のトップクラスに位置する。中国の医療保険制度は形成過程にあり、今も改革の最中である。1998年に制定された基本医療保険制度は、実際にはうまく運営されておらず、様々な問題が存在する。従って、中国の医療保険制度の改革において、これからどのように改革すべきか、どのような方向に発展させるかが課題である。
課題を解決するため、これからの中国の医療保険制度の改革は日本の医療保険制度から何を導入すべきか、日本の医療保険制度の問題点からどのような示唆を得られるか、などを考えた。そして、日本においては、まだよく知られていない中国の制度を紹介し、これはアジアにおける社会保障制度の研究のために意義があることであると考える。
第7回(通算第44回) 2001年1月31日 報告者:長塚
真琴(小樽商科大学助教授)
「原作つき連載漫画の登場人物の絵を漫画家が原作者に無断で利用した事例」
人気漫画をめぐる2つの重要判決を素材に、著作権法28条の解釈(漫画原作者の著作権は登場人物の絵の利用に及ぶか)、および原作つき漫画と共同著作の成立について報告がなされ、討論がおこなわれた。原作者に無断でキャラクター商品を制作販売した業者の責任、原作者による著作権法114条1項の主張の可否、同条2項による損害額の具体的な認定方法については、時間の関係で報告できなかった。
当日は、北海道大学より田村善之教授と社会人大学院生で弁理士の吉田広志氏が出席された。田村教授からは、共同著作物の概念をはじめ多くの点につき、有益なご指摘を賜った。
本報告の原稿に手を加えた判例研究が、特許研究31号(2001年3月)に掲載されている。
(サイト管理人付記)参考文献: 長塚真琴「漫画の登場人物と原作者の著作権」北大法学論集50巻5号(2000年)1247頁
第8回(通算第45回) 2月7日 報告者:香山
高広(小樽商科大学助教授)
「近世(16-18世紀)フランス法(慣習法地域)における『妻の抵当権』の意義」
1804年のフランス抵当法は、非公示型の妻の法定抵当権を承認したために、本来的に例外的な存在でしかなかったはずの妻の法定抵当権が、1804年抵当法全体の性格を基底してしまう結果となった。私は、その原因を次のように考えている。すなわち、(非公示型の)妻の法定抵当権が、「無能力者保護機能」(嫁資=持寄財産保護は、この機能の1つと位置づけられる)以外(従来の抵当法・夫婦財産法研究は、妻の法定抵当権が、この機能しか有さないことを当然の前提としている)に、「(夫婦財産)共同管理機能」・「信用手段機能」を有しており、起草者達が、(黙示的ではあるが)妻の法定抵当権を公示法理に服させることによって、コード・シビル全体の構造に修正を加えることを拒んだ為であると。しかし、このような見解に対しては批判が当然に予想される。近世法における妻の抵当権の本体的機能は嫁資=持寄財産保護(無能力者保護機能)にあり、副次的でしかない機能を、あたかも中心的機能であるかのように論じているのではないかという批判である。本報告は、まさにこの批判に対するものであり、近世において、妻の抵当権が嫁資=持寄財産保護を担っていなかったことを論証しようと試みるものである。
では、このことを確認する意義は何か?。従来の見解は、法定抵当権の「共同管理機能」と「信用手段機能」は、コード・シビルが偶発的に生み出した機能であり、起草者の予測外であったと考える。なぜなら、議事録中に、法定抵当権にそのような機能を担わせようとした意図は、見出されないからである。しかし、すでに妻の抵当権が近世期に、この2つの機能を担っており、かつ起草者達がそのことを認識していたのであれば、むしろ、議事録中での発言の不存在(言い換えると、2つの機能の明示による否定が存在しない限り)は、この2つの機能を法定抵当権に担わせようとした趣旨と捉えるのが自然な解釈なのではなかろうか。
このように、妻の抵当権の近世期の機能を明確にする作業は、コード・シビルにおけるそれの意義を明らかにする作業へと繋がるわけである。
(サイト管理人付記)参考文献: 『親族法』の教科書(できれば古い教科書の方が望ましい)の「夫婦財産制」の部分
第9回(通算第46回) 2月20日 報告者:田邊
宏康(小樽商科大学助教授)
「有価証券における弁済保護法理と免責証券」
わが国における既存の弁済保護規定には民法478条のほか民法470条があり,また,伝統的に免責証券という概念も認められてきたが,実際には,民法478条のみが多くの事例に拡大的に適用ないし類推適用されてきた。しかし,多様な取引形態が出現している今日における弁済保護をもっぱら民法478条の枠内において図ることには無理がある。本報告は,このような問題意識から,民法470条と免責証券について考察を加えたものである。
集団的であり,かつ,弁済者が契約者に対して格差をもたない債権関係においては,弁済保護の条件を善意無過失という現在の解釈において認められている民法478条の要件を超えて緩和する必要が生じる。この要請に応じるのが免責証券である。また,政策的に流通を高める必要のある債権については,権利の推定,すなわち資格を認めたうえで善意取得を認める必要が生じると同時に,弁済保護の条件も民法478条の要件を超えて緩和する必要が生じる。この要請に応じるのが民法470条である。これらはいずれも,紙片の存在を前提とするものではあるが,重要なのは,紙片の背後にある法理であり,これらの法理は,今日,見直される必要があるように思われる。
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