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教員インタビュー 松本朋哉教授

      

  • <担当授業>
  • 国際開発協力
  • 日本経済
  • グローカルセミナーⅢ/Ⅳ
  • グローカルフィールドワーク
  • 研究論文Ⅰ/Ⅱ

松本 朋哉教授
MATSUMOTO Tomoya


ガテン系経済学者アフリカへ行く

 私は途上国の貧困問題を主なテーマとする「開発経済学」を専門に研究しています。開発経済学は、現地でのフィールドワークを非常に重視する分野であり、多くの研究者が現地調査で得た一次データを基に研究を進めます。私もその一人として、東アフリカの国々を訪れ、現地の人々の暮らしを観察し、直接対話しながら調査を行っています。調査対象となる農村地域は、インフラが不十分な場所が多く、車での移動が難しい道を何キロも歩いて家庭訪問をすることもあります。また、電気が不安定で灯りがつかない、あるいは水道が故障して使用できないといった安宿に滞在して調査を行うことも珍しくありません。私は、体力を駆使し「ガテン系経済学者」として、現場に足を運ぶことを大切にしています。

 現在、東アフリカの農村を対象とした複数のプロジェクトを進めています。たとえば、ヴィクトリア湖周辺のマラリア汚染地域では、住民が積極的にマラリア予防行動を取れるように支援する政策ツールの開発に取り組んでいます。また、ケニア、ウガンダ、エチオピアの農村において、約20年にわたる長期的な家計調査を実施し、同じ家計を数年ごとに訪問することで、詳細なデータベースを構築しています。このデータを活用して、土地の希少化が引き起こす土地争い、土壌劣化が農業生産性に与える影響、さらにモバイルマネーや道路インフラの整備が農村経済にどのような影響を与えているのかについて研究を進めてきました。これらの取り組みを通じて、途上国の農村開発に貢献できる実践的な知見の創出を目指しています。

怠け者学生開発経済学に出会う

 私が経済学に興味を持ったきっかけは、偶然出会った先生の授業が非常に魅力的だったことです。人生において、重要な出来事は時に偶然によってもたらされますが、今こうして自分の仕事を楽しんでいることは、非常に運が良かったと感じています。その先生との出会いには、心から感謝しています。

 1990年代前半、日本の一人当たりGDPは国際的に上位にあり、「物余りの時代」や「飽食の時代」とも言われていました。私はその豊かな時代に育ち、飢餓や貧困とは無縁の学生生活を送っていましたが、一方で日本社会に対する厭世的な感情を抱いていました。バブルの余韻が残る中、拝金主義的な社会風潮や浮かれた若者たちに違和感を覚え、その反動として、アジアやアフリカの途上国に強い関心を抱くようになったのです。

 大学3年生の時、私は休学してバックパッカーとして一人旅に出ました。それが初めての海外旅行で、未知の世界を一人で歩く中で、自分の未熟さを痛感しました。言語力が足りず、現地の人々と十分にコミュニケーションが取れないばかりか、異国の文化や社会を理解することもできませんでした。さらに、自分自身の国の歴史や文化についても説明できないことに気づき、この経験を通じて、学問に真剣に向き合おうと強く決意しました。

 帰国後、偶然履修した授業で、米国留学から戻ったばかりの若い経済学者に出会いました。その先生が、シンプルな経済モデルを使って社会経済現象を見事に説明する姿に衝撃を受けました。「こんなに簡単なモデルで現実社会をここまで的確に説明できるのか」と感嘆し、この経験が私の転機となりました。これを機に、私は経済学、特に途上国の経済問題に焦点を当てた開発経済学と、実証分析に不可欠な計量経済学を熱心に学び、学問の道へと進む決意を固めました。

チームワークで行う現地調査

 外国の地域を対象にした研究では、共同研究が不可欠です。現地の大学や研究所のメンバーとチームを組織し、調査計画を立て、調査員のトレーニングを行い、調査を実施します。東アフリカ3カ国、ケニア、ウガンダ、エチオピアで行っている農村家計調査は、始まってから20年近くが経ち、調査チームのメンバーの中には20年来の付き合いとなっている者もいます。当時は若手研究者や、私が指導した学生だったメンバーが、今では研究所の重要なポジションに就いていることもあります。調査協力機関との連携はもちろん重要ですが、何よりも調査対象者の協力が調査の成功には欠かせません。場合によっては、一つのインタビューに3時間以上かかることもあり、わずかな謝礼で協力してくれる対象者には本当に頭が下がる思いです。

 ここでは、ケニアのヴィクトリア湖畔で行っている共同研究について紹介します。この研究では、マラリアの高度感染地域の住民が積極的に感染対策を取るように促す政策ツールの開発を目指しています。私たちが住民向けの介入策に注力しているのは、住民自身のマラリア撲滅への意識と行動なしには、マラリア対策の「ラストワンマイル問題」を解決することができないと考えているからです。そのために、独自の政策ツールをデザインしました。このツールには二つの柱があります。

 第一の柱は、マラリアに関する教育を通じた知識の向上です。教育コンテンツには、医学研究者の指導の下、マラリアの病気特性、伝播メカニズム、予防方法に加え、近年注目されている低原虫濃度感染や無症候感染者からの伝播リスクについての解説も含めました。無症候感染者は発症しないものの、周囲の人々にマラリアを広めるリスクがあることを伝えることで、住民の予防意識を高めることを目指しています。

 第二の柱は、マラリアRDT検査の陰性結果に対する金銭的インセンティブ制度です。感染していないことに報奨を与えることで、住民に予防行動を促す仕組みです。この共同研究では、これらの政策ツールをランダム化比較試験の枠組みで導入し、その効果を計測しています。現在は、最終評価のために必要なPCR検査および顕微鏡検査によるマラリア感染診断結果を待っている段階です。

 このような調査の成功には、多くの人々の協力が欠かせません。研究に協力してくれるすべての方々に、心から感謝しています。

国際開発協力について考えた

 私は「国際開発協力」という授業を担当しています。この授業では、経済学の分析ツールを用いて、貧困国が直面する問題を考察し、その解決策を見出す力を育むことを目的としています。時折、学生から「アフリカの田舎に住む人々は本当に支援を望んでいるのですか?」や「彼らは伝統的な暮らしに満足しているのではないですか?」といった質問を受けることがあります。これまで私が出会い、話を聞いたアフリカ農村の多くの人々は、衣食が十分に満ち足りた暮らしを望んでおり、そのための支援があれば喜んで受け入れているというのが現実です。今やアフリカの僻地でも、車が行き交い、スマートフォンが利用され、外の世界でどのような生活が営まれているかを知る機会が増えています。また、学校で優秀な成績を収めた近所の子どもが、良い職に就き、安定した生活を送る姿を見て、同じように自分の子どもにもそうなって欲しい、自分自身もそうなりたいと願う人が増えているのです。快適な暮らしが存在することを知れば、それを目指すのは自然なことでしょう。

 さらに、急速に変化する社会や環境は、従来の伝統的な生活を続けることをますます困難にしています。例えば、乳幼児の予防接種が普及したことで乳幼児死亡率は低下し、多くの子どもが成長できるようになりました。これは非常に喜ばしいことですが、同時に人口増加に伴って若者が利用できる農地はますます希少になっています。たとえ伝統的な生活を続けたいと思っても、環境や社会の変化がそれを許さない現実があるのです。

 スラムで暮らす子どもたちや、地域紛争で故郷を追われた人々の話を聞くと、彼らが自力でその厳しい状況を乗り越えるのは非常に難しいと強く感じます。多くの人々が、機会の平等を善と考えるならば、困難に直面している人々を、余裕のある他者が支援するのは当然のことだと思います。そして、より効果的な支援の方法があるなら、それを追求し、実行に移すべきだと私は考えています。

地方創生と開発経済学

 開発経済学は、経済学の分析ツールを用いて、貧困国における諸問題を考察し、解決策を導き出す学問です。人々の暮らしを改善するための政策を考案し、実験データや観察データを活用して、実際に実施された政策や試験的な政策の効果を検証するという、実践的な側面も持っています。このような開発経済学の特性は、貧困国に限らず、さまざまな社会課題に取り組む際にも有効であると信じています。例えば、研究対象を途上国の貧困地域から、人口減少に直面する日本の地方地域に移すことで、地方が抱える課題にも、開発経済学で培った研究ノウハウを適用できると考えています。

 これまで私は途上国の貧困問題に取り組んできましたが、今後は日本国内の社会問題、とりわけ北海道の地域問題にも挑戦したいと考えています。開発経済学のアプローチが、地域活性化や社会問題の解決に貢献できると信じており、これまでの経験を生かして、新たな課題に取り組んでいきたいと思っています。


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