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教員インタビュー 佐野博之教授

  • <担当授業>
  • 公共経済学
  • 公共政策
  • 経済学入門Ⅰ・Ⅱ

佐野 博之教授
SANO Hiroyuki


脱税の経済学

 これまでいくつかの研究テーマに取り組んできましたが、現在は「脱税」をテーマにしています。私の研究分野は公共経済学、あるいはほとんど同じですが財政学です。財政学では国や地方自治体の財政を中心的に研究します。税収はその財政の根幹であるので、財政学は租税に関する研究に長い時間を費やしてきました。その大部分は効率的で公平な税制とは何かを追い求める研究であり、脱税のような税行政に関わる研究は相対的に重要視されてこなかったような印象があります。特に日本ではこの傾向が強く、脱税というテーマはいささかニッチで、学問的にも社会的にも重要度が低いと思われているように感じます。これに反して、アメリカやヨーロッパなどでは、1990年代から今に至るまで、膨大な数の脱税に関する論文が発表されています。(これらを概説したサーベイ論文として、佐野[2020]を参照)また、日本を始めとした財政赤字を抱えながらも今後も社会保障費などの支出増が予想される国々では、脱税を効果的に抑止する研究により増税をせずに税収を増やせるのなら、学問的価値のみならずその社会的価値も無視できません。

人はなぜ税を納めるのか?

 脱税の経済学を研究テーマとしているのは、第一に学問的な興味からです。脱税研究が社会的な役割を果たすためには、納税者の行動原理-人はなぜ、どのような条件の下で、どれくらいの脱税額を選択するのか-を解明する必要があります。アリンガムとサンドモが1972年に発表した共著論文が、この原理を解明するための出発点となりました。彼らのモデルによれば、納税者はまるでギャンブラーのように行動します。個人所得税の課税所得を税務署に過少申告し税務調査の対象とならなければ、脱税した金額をせしめることができます。他方で、税務調査を受けて過少申告がばれたら、罰金を支払わなければなりません。つまり、納税者は税務調査の対象となるかどうか不確実な状況で、どれくらい脱税するのか決定することになります。税務調査の対象とならない確率を賭けに勝つ確率に置き換え、脱税額を賭けに勝ったときの賞金、罰金額を負けたときに失った賭け金とすれば、賭け金額を選択するギャンブラーの行動原理と同等であると考えられます。しかし、彼らのモデルの分析から得られる納税者行動の理論的な予測は、現実世界やその後に報告された数々の実証研究と実験室実験が示す証拠と矛盾します。

 多くの証拠が示すのは、人はギャンブラーモデルが予測するほど多くの脱税をしないという事実です。つまり、納税者はギャンブラーのようには行動しないのです。これにより、研究者の関心が向かう先は、「人はなぜ税を納めるのか?」という問いに転じます。この問いに答えるために、社会心理学などを取り入れた実験室実験やフィールド実験がたくさんの研究者によって行われ、これまでの経済学の枠にとらわれない手法も用いた研究が世界中で展開されてきています。私も最近、エージェント・ベースド・モデリング(ABM)という手法でシミュレーション分析を行い、論文として専門誌に発表しています。(Sano,2024)

より良い税行政のために

 前述のとおり、脱税を効果的に抑止する手段が提示できれば、国や地方自治体の財政を改善できます。加えて、脱税が可能な個人事業主と会社員など源泉徴収される納税者との間の実質的な税負担の不公平性を緩和することもできます。直接的には、税務当局に適切な手段を提示したり示唆したりすることで、これらを実現することができるかもしれません。ただ、私の現在の研究は学術的な側面が強く、具体的な手段を提言するというよりは示唆することにとどまるため、関連機関に直接提言したり、共同研究を行ったりはしていません。しかし、学術論文を専門誌に発表しているだけでは研究者以外の税行政に関わる人々に研究成果が伝わらず、実務や政策に生かされません。また、日本では脱税の経済学はマイナーな存在であるため、この分野のこれまでの研究成果が広く社会に伝わっていないと考えられます。このことを考慮して、経済学の専門家だけではなく、税務の実務家や経済学を学ぶ大学生なども読者として想定した内容で、脱税の経済学の主要な研究成果を解説した本の出版を計画しており、現在書き始めているところです。

研究テーマを自主的に選択

 ゼミでは、現代の国や地方の政策的課題を学生が自主的に選んで、グループ単位で研究しています。研究成果をプレゼンしたり、ディベートしたりしながら、最終的にレポートにまとめます。例えば、巨大プラットフォーマー規制、ライドシェアの導入、北海道と市町村の宿泊税、教育格差問題、食品ロス問題など様々です。卒論についても、個々のゼミ生がテーマを選び、公共経済学的な視点と手法で課題にアプローチしています。

 ゼミの雰囲気は年によって変わります。積極的に発言する学生が多い年もあれば、全体的におとなしく消極的な年もあります。グループワークやプレゼンの準備などは比較的しっかりと取り組んでいます。

 就職先については、金融機関、流通、商社、情報系(SE)、公務員など、商大全体の構成とあまり変わりませんが、公務員は経済学科のゼミとしては多い方です。大学院に進学する人もたまにいます。

公共心を持って

 世間では、「税金を取られる」という表現をよく耳にします。スーパーやコンビニ、ネットショッピングサイトなどで商品を購入するときに、「代金を取られる」とは滅多に言わないのに、税金は意に反して取られるか、義務なので仕方なく納めるものと一般には認識されているようです。しかし、このような認識が世の中に蔓延すると、多くの人が隙あれば課税を逃れたり、政府に過度な減税を求めたり、必要な増税に強く反対したりすることになり、経済社会全体が成り立たなくなりかねません。

 私が担当する「公共経済学」という科目の授業では、なぜ国や地方自治体が公共財や公共サービスを提供し、誰がどのようにしてその費用を負担するのかについての一般的な議論を複数回にわたり時間をかけて展開します。途中の長い議論を省略して結論だけを述べると、私企業や個人の努力では十分に供給されない公共財・サービスを国や自治体が供給し、その受益者である国民や住民がサービスの対価として税金を支払うことが社会的に望ましいということになります。

 高校生のみなさんの中には、そんなことを大学で学んで将来何の役に立つのかと思われる方もいるかもしれません。私は、社会全体の仕組みをしっかりと理解した人が1人でも多く活躍することは、その社会全体の利益を増進させるに違いないと信じています。小樽商科大学を目指す高校生のみなさんには、公共心を持って社会における自分の役割を認識した社会人になることを、本学に進学する目的のうちの1つとしていただければ、とてもうれしく思います。


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