2013.11.20
平成25年度第7回講義:「夢を力に ~小樽商大とワインクラスター北海道~ 」(2013/11/20)
講義概要
・講 師:阿部 眞久 氏/平成24年MBA卒
・題 目:「夢を力に ~小樽商大とワインクラスター北海道~ 」
・現 職:NPO法人ワインクラスター北海道 代表理事
・内 容:
いま、もっとも注目のワイン産地として知られるようになってきた北海道ですが、とりわけ2000年代に入ってから「食の安全・安心」への関心の高まりとともに、認識や評価が大きく変わり、食と観光と連携した新たな発展をみせています。
本講義では、私自身が社会人学生として小樽商科大学と同大学院アントレプレナーシップ専攻で6年間学びながら、北海道産のワインを通じて地域経済の活性化と新たな食文化の創出を夢みて設立した「ワインクラスター北海道」の紹介をするとともに、技術とマーケティングの連携の大切さや企業家精神(アントレプレナーシップ)、そして大学の地域に対する役割や貢献について話していきたいと思います。それらを通じて、「北に一星あり、小なれどその輝光強し」と謳われる小樽商科大学への誇りや、北海道の大学出身者として北海道を誇りに思う気持ちと愛着の醸成、そして受講生諸君の人生に対する新たな気づきにつながることができればと考えています。
- 講師紹介
昭和49年宮城県生まれ。ホテルマン時代にワインに関心を持ち、平成9年日本ソムリエ協会認定ソムリエ、後にシニアソムリエの資格を取得。平成12年北海道ワイン株式会社入社。平成22年本学商学部社会情報学科卒業後、小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻に入学。平成24年同専攻修了。経営管理修士(専門職)。平成25年3月北海道ワインを退職し、4月からNPO法人ワインクラスター北海道代表理事に。小樽市在住。
目標に日付を入れて、口に出すことが第一歩。
ブドウの房のように各産業を集合
2013年4月に設立されたNPO法人ワインクラスター北海道の代表理事でありシニアソムリエである阿部眞久さんと小樽商大の縁は、阿部さんが小樽本社の北海道ワイン株式会社に勤めるようになってから。その道のりを振り返る前にまずは事前質問でも多かったNPO法人ワインクラスター北海道についての説明から講義は始まりました。「クラスターとはそもそもブドウの房のことで、ビジネスでは“同一地域に展開する、相互に隣接した産業の集合体”を意味します。我々ワインクラスター北海道は道産ワインの業界団体や道庁などの行政機関、大学や旅行会社、宿泊・飲食業など道内のさまざまな産業と密接に関わり合いながら、第一フェーズとして道産ワインのマーケティング・広報活動を進めています」。組織メンバーは阿部さんが小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻(小樽商科大学ビジネススクール)時代に出会い、志をひとつにする仲間や恩師で構成されています。宮城県のホテルマンだった阿部さんがなぜ北海道の小樽商大に入ったのか、「夢を力に〜小樽商大とワインクラスター北海道」というテーマに沿って振り返ります。
北海道ワインの「白」に衝撃
宮城県の高校を卒業後リゾートホテルに入社し、フランス料理を入口にワインを勉強するようになった阿部さん。フランス北部の白ワインと出会い、「さわやかで香りがあってすっきりとしたおいしさ」からワインの世界に引き込まれ、23歳のときに受験年齢最年少でソムリエ資格を取得します。阿部さんがワインを本格的に学び始めた1990年代前半、赤ワインの健康効果に着目する説が登場し、世界的な赤ワインブームが起こります。95年には田崎眞也氏が世界最優秀ソムリエに選ばれたこともブームに拍車をかけました。そんなある日、仙台の酒屋でふと手にした1本の白ワインが阿部さんを揺さぶります。「私が最初に感動したフランスの白と同じ特徴、フレッシュでさわやかな香り、北国だから残る酸味が実に素晴らしかった。ラベルを見て驚きました。作ったのは聞いたこともない“北海道ワイン”という日本のワイナリーだったんです」。一過性ではなく日本にワインを定着させるには日本のワインを飲んでもらうことが新たなワイン文化の創造になる。その舞台は「食」と「観光」の優位性を持つ北海道。自身の夢が定まった阿部さんは北海道ワインの嶌村彰禧社長(現会長)に手紙を書き、その熱意ごと受け入れられて同社に転職。2000年3月同社初のソムリエになりました。
社会人学生をやり遂げた6年間
フランスのワインには「原産地呼称統制」(AOC)があり、原産地ごとにブドウの品種や醸造方法などを細かく表示する規制が徹底しています。他方、日本では「国産ワイン」と「日本ワイン」という二つの概念が交差しています。「国産ワインとは原料の産地を問わず日本国内で醸造されたワインを指し、日本ワインとは日本国内で収穫された原料を使って醸造されたワインのことをいいます。日本ワインは国産ワインの中に含まれますが全体の2割弱。私がいた北海道ワインの商品は日本ワインのカテゴリーに分類されますが、国産ワインイコール“日本のブドウを使っている”と誤解している消費者が多いことが気がかりでした」。原料表示問題の改善や国産ワインの再評価を熱心に呼びかけ、業界の流れも変わり始めた32歳のとき、阿部さんは次のステップへ。会社と業界への貢献度を高めるため、経営管理を学ぼうと小樽商大の夜間主コースに社会人入学し、最終的には小樽商科大学ビジネススクール(OBS)で経営管理修士(MBA)を習得することを周囲に公言します。「幸いなことにOBSは会社の理解を得て組織推薦という形で入りましたが、会社と大学の両立は本当に大変でした。この頃「北海道ワインツーリズム」推進協議会という団体も立ち上げたため、会社と大学、協議会の活動で毎日が精一杯。妻や二人の子どもには大変な苦労をかけたと思います」。その苦労はやがて報われ、阿部さんは6年間の学生生活を修了。初志貫徹で夢のMBAを手にしました。
ワイン産地北海道、発展のために
かつて国産ワインが格下に見られていた時代は過ぎ、2000年以降国産ワインをめぐる状況は好転します。食の安全による原産地意識の高まりや意欲的な若手醸造家・栽培家の台頭、またブドウ品種も重厚複雑なものから北海道が得意とするライトでクリーンなアロマティック系白ブドウに注目が集まるなど、《ワイン産地北海道》に追い風が吹き始めました。大学院修了後6年間の学びを会社や業界にどう還元していけばいいのかを模索していた阿部さんは、ここで大きな決断をします。「今後北海道のワインを発展させていくには、ワインと食のマッチングや技術とマーケティングの連携が鍵になる。そのためにいま自分ができることは起業ではないかと思い嶌村会長にお話したところ、ご了承をいただきまして、冒頭でお話したNPO法人ワインクラスター北海道設立の運びとなりました」。「株式会社ではなくどうしてNPO法人に?」という学生からの質問には、「出資者がいると事業に偏りが生じる恐れがあるため、公共性を確保したかったのと、利益が出たときに配当ではなく次にやりたいことへの投資としたかったから」と回答。小樽商大とは「本気プロ」の食べるスープ「しりべしコトリアード」に合う道産ワインケルナーを推奨するなど、後志地方をともに盛り上げる関係が現在も続いています。
社員手帳がつなぐ北海道への思い
「さまざまな学びや出会いをいただいた場所」として小樽商大への感謝を口にした阿部さんから商大生に送る言葉は「日付の入った目標を持ち、口に出す」「人に感謝する、人の役に立つことをする」
「できない理由を考えない。どうしたらできるかを考え、即座に行動する」。そして学生時代には「恋愛・旅行・現場体験を数多く」。また今日のテーマである「夢を力に」は「ホンダの創業者本田宗一郎さんの著者から引用させていただいたもの」と明かし、企業家精神にあふれる創業者伝を紹介しました。講義後、北海道ワイン嶌村会長の人物像をうかがうと「信念の人。私は嶌村会長に手紙を書いて入社した人間なので、起業のご相談をするときも手紙を書きました。
独立後のいまでも持つことを許されているのがこれです」、そう言いながら胸ポケットから取り出したのはワイン色の社員手帳。中には「北海道ワインは北海道に必要な会社となります」という一文から始まる創業の理念が書かれており、「こういう方なので私のことも快く送り出してくださったのだと思います」。北海道を思う志は阿部さんの中にも確実に継承されているようでした。